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2009年

≪宿泊≫

【1月】

★三重県飯高町  【現・松阪市】
★飯南町
 【現・松阪市】
★紀勢町
 【現・大紀町】

★紀伊長島町 【現・紀北町】
★尾鷲市
★奈良県上北山村
 ほか

 

蓮 清瀬 古川

 

・1日目 軽トラ
自宅―
三軒屋猿山青田―車中泊(飯高町)

 初の軽トラ泊まりがけ。往路での天辻(てんつじ)峠(奈良・大塔村【現・五條市】)と高見(たかみ)峠(奈良・東吉野村⇔三重・旧飯高町)の付近では積雪もあり、恐る恐る慎重に通過。バイクならば間違いなく無駄足になっていました(この日を含め数日間は、強い寒気の影響で北風が強く雪も降りました)。
 車中泊では、寝袋でいかに快適な体勢で眠れるかを試行錯誤していました。運転席が狭いので真っすぐになれず、結局2、3度目が覚めて体勢を変えながら眠っていましたが…。しかしエンジンを切っても意外に温かく、移動も快適で、軽トラ旅行の良さにも惹かれる私でした。軽トラ万歳。

・2日目 軽トラ
停泊地―
高山古田指谷西俣滝頭唐子芦浜名古―車中泊(紀伊長島町)

 芦浜から錦(にしき)の集落に戻ってきたのが17時くらい、夜の帳が降りつつありました。とりあえず話を聞こうと集落内の民宿を訪ねると、数年前に来たばかりであまりよく知らないとのこと。その後、近所のあちこちに訪ねて回ってくださり、数軒目でようやく話を伺うことができました。宿の方に感謝です。 
 すっかり日も暮れましたが、勢いでそのまま名古へ。ここでは1軒の渡船業兼民宿がありました。灯りの点いている外の小屋を訪ねると、釣り人たちが酒盛りの真っ最中。事情を説明すると「一杯飲め」「ここに泊まれ」など珍客をいろいろもてなしてくれました。酒と宿泊は鄭重に断りましたが、集落の話も聞けたし刺身も頂いたし(グレと鯛。身が締まっていておいしかった)、はてはライターや去年の潮見表も(?)。
  さらにその後、ある食堂で夕食をとろうとしたところ既に食券の販売は終了、一応お願いしたところ快く応じてくれました。「旅の人?」の問いかけに事情を説明すると、「それならこの店の人が詳しいよ」とのこと。集落の話が聞けた上に、「気を付けて」と残り物のさばの押し寿司・さんまの押し寿司を頂きました。
 終盤いろいろあって、印象に残る一日でした。

・3日目 軽トラ
停泊地―
浅間城ノ浜多田ヶ瀬弓山平谷又口ナゴセ古川出合五味出口木組坂本大塚―自宅

 

【3月】

★神奈川県津久井町 【現・相模原市緑区】
★清川村

★栃木県足尾町 【現・日光市】
★群馬県桐生市
★利根村 【現・沼田市】  ほか

 

 

 

・1日目 二輪車
自宅―相模原(帰省)―
勝瀬―津久井湖周辺(荒川塩民中度不津倉下久保

 用事があり、故郷神奈川に帰ることに。せっかくなので、近辺の無住集落を見て回ることにしました。
 朝からの雨がやむのを待ち、前日の正午頃に和歌山の自宅を出発。午前4時前に相模原に到着しました。ところが宿泊のあてにしていた実家のアパートが取り壊され、更地になっていました。平成19年3月末より私の母の籍が消滅して以来無住で、いずれ取り壊すとは聞いていたのですが…。付近は住宅地なので幕営をするわけにもいかず、寂しく夜明けを待ちました。

・2日目
 (帰省中。市内のビジネスホテルにて宿泊)

・3日目 二輪車
宿泊地―
地蔵平―宮ヶ瀬湖周辺(落合馬場久保ノ坂和田上村) ―テント泊(妻沼町【現・熊谷市】)

・4日目 二輪車
停泊地―
バラクラ―(山ノ神)―松木舟石黒石横根山深沢再訪小滝(宇津野・花柄・文象・小滝)―テント泊(東村【現・みどり市】)

 この日の終盤、老朽化していたハンドルの右グリップが外れてしまいました。このままではエンジンが吹かせないので、旅先で初めてJAFのお世話になることに。もう日暮れだし、今日は終わりにしようとのんびり到着を待ちました。到着後、日光市内の修理店まで運搬することに。ところがJAF側と店側の連絡に齟齬があったようで、整備店に到着後、怒った店主がJAFに不平を漏らしていました。まったく準備をしていなかったようです。JAFの方も言い分はあるのでしょうが、ひたすら平謝りです。しかし店主は私には親切に接してくれました。ことさら旅人には親切な方のようです。JAFの方も決して悪い人ではありませんでしたが(むしろ良い人)、なんとも人間関係の大変さを垣間見た気がしました。

・5日目 二輪車
停泊地―(
柴平)―平滝―(源公平)―(砥沢)――テント泊(大間々町)

・6日目 二輪車
停泊地―
持丸唐松赤粉蕪丁上藤生遠上―テント泊(桐生市)

 この日は夜明けから雨。ラジオやCDを聴きながら、テントで停滞していました。昼頃に雨が上がるという予報でしたが、それより早く10時くらいには出発できました。時間はロスしましたが、移動中に降られるよりはずっとましです。

・7日目 二輪車
停泊地―
屋敷山―梅田湖周辺(今倉落合当実平)―花木原仁田―自宅

 原仁田の探索を終え、足利市を後にしたのが午後1時前。和歌山の自宅に着いたのが翌朝8時過ぎでした。約19時間、多少の休憩はとりましたが、後半は気力だけで辛うじて走っていました。

 

【5月】

★岐阜県白川村
★荘川村 【現・高山市】
★河合村 【現・飛騨市】
★金山町 【現・下呂市】
★馬瀬村 【現・下呂市】
★下呂町 【現・下呂市】
★美山町 【現・山県市】
★藤橋村 【現・揖斐川町】 
ほか

  

・1日目 二輪車
自宅―テント泊(高鷲村【現・郡上市】)

・2日目 二輪車
停泊地―御母衣湖周辺(
落部赤谷中野尾上郷尾神秋町福島)―加須良牛首 ―テント泊(荘川村)

 荘川村・白川村は分水嶺を越え日本海側になります。長らく太平洋側で暮らしている私にとって、川が北に流れているのはどうも不思議な感じがします。

・3日目 二輪車
停泊地―
大平―下小鳥湖周辺(梨ヶ瀬楡谷明ヶ瀬)―三ノ瀬栗ヶ谷大洞石飛新田森茂片野―テント泊(馬瀬村)

・4日目 二輪車
停泊地―
大洞大ゴツ―金山湖周辺(中垣内若佐白畑諸畑漆畑松山厚谷新田一本杉卯野原田畑細越桂畑菅原簗谷浅谷 日出雲飛騨谷板場藤ヶ平 ―テント泊(洞戸村【現・関市】)

・5日目 二輪車
停泊地―
椿日屋洞西洞源太又納谷野出三尾今島万所横山馬場洞白岩大曽根川尻鬼姫生―テント泊(藤橋村)

・6日目 徒歩 二輪車
停泊地―徳山湖周辺(
本郷上開田下開田山手櫨原三軒屋―()―(狂小屋))―上原浅又門入 戸入出口土倉土倉―自宅

 門入・戸入は徳山湖周辺の集落ですが、徳山ダム方面からの道はなく、旧坂内村より越境し山道を歩かなければ訪れることができません(峠までは林道が延びている)。峠から門入まで1時間、門入から戸入まで1時間半、そして帰り道、ずっと歩き通しでした。
 しかし門入から峠へ帰ろうとして間もなく、軽のバン(※)が追い付き、ありがたいことに車道の終点まで乗せてくれました。それまで4時間以上ほとんど休まずに歩いていたため、まさに助け舟です。運転者は門入の方、同乗者はこの方の家に泊まりで来ていた釣り人で、帰りに送ってもらっていたところでした。釣りの方はこの地に魅了され、三十数年も前から渓流釣りに来ているそうです。
 思い返すと、テント泊はすべて道の駅でした(運良く目的地の近くに道の駅があったので)。私も好んで集落跡や山林で幕営しているのではありませんが、近頃は軟弱になったような気がします。

※ 集落内の車輛は、ダム湖で隔絶される前に残したもの

 

【8月】

★茨城県大子町
★水府村 【現・常陸太田市】
★千葉県君津市
★東京都奥多摩町
★山梨県増穂町 【現・富士川町】
★早川町
 ほか

  

・1日目・2日目 二輪車
自宅―相模原(帰省)

 出発当日の仕事中、軽トラのタイヤがパンク、機械の部品が紛失、工具が破損、などといった失態を繰り返してしまい、何かの前兆かと心配しました。その後2度の地震(うち1回は静岡で震度6弱、東名高速が崩落)と台風8号・9号がありましたが…、偶然なのでしょう。

・3日目 二輪車
相模原―
鹿野沢金山―テント泊(大子町)

・4日目 二輪車
停泊地―
八溝山製炭集落(殕石―腐沢―大久保)―(杉の上)―岩禿中武生―テント泊(市原市)

・5日目 二輪車
停泊地―
加勢小仁田湯ヶ滝追原釜場梨ノ木台倉―テント泊(八王子市)

 滋賀県の榑ヶ畑2008年7月)以来、加勢・湯ヶ滝・追原などでまたもやヒルの被害に遭いました。今回はヒルの巣窟を何度も行かなくてはならなかったので、その被害は前回の比ではありません。帰宅後に咬み痕を数えてみましたが、30箇所以上もありました。私は足のない虫は苦手なのですが、いい加減ヒルだけは慣れました。靴や足にくっついているのを見ていると、何やら愛着さえ湧いてきます。
 付近の集落で話を伺っていると、ヒルの傷には塩がいいということで、成り行きで塩をいただきました。早速試してみましたが、少し染みます。効果はいかに…?
 加勢の林道を走っていると、神社の前の開けた場所で「この杭を抜いた者は殺します」という物騒な札を見つけました。何のための杭かは分かりませんが、このブラックユーモアには辟易。
 釜場に至る「六本木林道」は、後で知るところによると悪路で有名な林道のようです。 山そのものは緩やかなのですが、竹藪や泥濘などでとても普通に走れる道ではありません。林道好き・オフロード好きには楽しい一本かもしれません。

・6日目 二輪車
停泊地―
茗荷平岫沢日指深城板小屋鷹ノ田―テント泊(韮崎市)

 この日幕営は、林道脇で街が見下ろせる場所でした。街の明かりもさることながら、9時前にはどこからか花火が上がっていました。前日の宿泊が落ち着かなかったせいもあり、野宿の良さを見直した夜でした。

・7日目 二輪車
停泊地―
日影林下七尾忍沢上七尾平清水山王差越天久保―(柿草里)―自宅

 下七尾で話を伺っていると、ここはいい所だけど行政の目が行き届かず、集落が無人になっていくことが寂しいという話を聞きました。私の趣味に触れて、これが何かのきっかけになり、もっと目が向けられるようになると嬉しいといった話が印象的でした。
 差越では、集落に着くと年配の男性と幼い女の子2人(孫)が座っており、女の子が「おじちゃんどこ行くのー?」と突然の訪問者を出迎えてくれました。(おじちゃん…) 男性はかつての住民で、お盆中に子供や孫と訪れていたようです。男性は親切に話に応じてくれ、私の趣味にも感心してくださいました。一方、女の子は私に絵を見せてくれたり、飲み物を運んできてくれたり、微笑ましいものです。男性はこの集落で悲しい過去を背負っていますが、今はかわいい孫たちに恵まれて幸せそうです。帰り際にはぶどうをいただき、お盆という時期もあったので帰宅後はありがたく仏前に供えさせていただきました。締めくくりにふさわしい出来事です。

 

【9月】

★京都府京北町 【現・京都市右京区】
★日吉町 【現・南丹市】
★美山町 【現・南丹市】
★和知町 【現・京丹波町】
★綾部市
★加悦町 【現・与謝野町】
★福井県高浜町
 ほか

  

・1日目 二輪車
自宅―
田尻小茅―天若湖周辺(世木林沢田楽河上世木)―八丁灰野釜ヶ原ススキオ大及―テント泊(和知町)

 この日の終わり、翌日訪問する集落に近いの道の駅まで移動。周辺で集落の話が聞けたらと思っていました。しかし日も落ちてすっかり意気沮喪です。だめで元々、聞かないよりはいいかと、たこ焼き屋台の男性に話を伺ってみました。
 実はこの方、かつては街の電器屋さんで、電気工事や営業で地域の家々を回っていたため、地域のことをとてもよく知っていました。各集落の話はもちろん、マークしていなかった集落の情報も得ることができました。
 さらに屋台のおじさんは仮の姿、実は地域の便利屋(高齢者の生活支援を主としたもの)の代表者として現在も忙しく地域を回っています。この辺りでも高齢化・過疎化が進んでいるので、仕事はたくさんあるとのことでした。話を伺っている最中も、仕事の電話が何度もかかっていました。屋台のおじさん畏るべし。

・2日目 二輪車
停泊地―
鐘打柳原塩出草尾大成樋ヶ谷杉谷金又藤谷奥水坂―テント泊(夜久野町)

・3日目 二輪車
停泊地―
大谷茗荷谷芦谷鹿ノ熊大田和深山上津大田和―自宅

 集落旅行中、初めてクマを目撃―。大田和(高浜町)へ向かう途中、谷の分岐で位置を確認、さて歩こうかとしたところ斜面でガサガサと音がしました。振り向くと、そこにはもこもことした黒い獣が…。幸いすぐに走り去っていきましたが、10mも離れていなかったと思います。大きさからして子グマのようでしたが、子連れのクマは危険らしいので私も早々にその場を後にしました。
 鹿ノ熊では、逃げ遅れたシカが道の脇でうずくまっていました。しばらくにらめっこをしましたが、こちらはかわいいものです。
 ところで鈴は役に立っているのでしょうか。

 

【10月】

★愛媛県伊予三島市 【現・四国中央市】
★別子山村 【現・新居浜市】
★土居町 【現・四国中央市】
★新居浜市
★高知県本川村 【現・いの町】
★吾北町
 【現・いの町】
★鏡村
 【現・高知市】
★土佐町
★本山町
★大豊町
 ほか

  

・1日目 二輪車 フェリー(フェリー)
自宅―
瀬井野―法皇湖(松野寺野)―千野々板谷番所徳丸―法皇湖(城師葛川宮城)―旧別子銅山―テント泊(新居浜市)

 法皇湖の水没集落の話を伺おうと、湖畔にある展示施設を訪ねました。受付の方に事情を説明すると、多くの資料を提供していただいたうえに資料のコピーにも快く応じていただきました。併設のレストランで閲覧をしていたのですが、このレストランの方も地元の方で、集落の話や未チェックの集落の大まかな場所も教えていただき、たいへん助かりました。
 その後、遅めの昼食を摂りに再度施設を訪問、ささやかながらのお礼です。世間話をしながら食事をしていると、目的地まで商店がないということで、おにぎりを作ってくれました。飲み物やおかずも持って行くように勧められたのですが、こちらは世話になってばかりで恐縮なので鄭重にお断りしました。しかし初日から幸先の良いスタートです。

・2日目 二輪車
停泊地―
須領打除土ノ峠大久保大永鹿森坂中ナル中ノ川岩原野大屋敷―テント泊(新居浜市)

・3日目 二輪車
停泊地―
磯浦池の谷水尻小味地中ノ成柿ノ成上ノ成―(野添)―テント泊(本川村)

 この日の終わり、愛媛から高知に移動している時に弱い雨が降り始めました。道の駅に到着後、地面が濡れていなかったので木の下に幕営。その後雨はしっかりと降り始め、8時頃にはテントの底がブヨブヨと波打ち始めました。しかし一晩くらいどうにかなるだろうと高をくくり、気にせず眠りに就きました。
 ところが11時くらい、ふと目が覚めるとなんだか尻が湿っています。どうやら雨水が滲入し、ロールマットを通り越して寝袋にまで染みてきているようです。寝ぼけていたので体勢を変えてごまかしていましたが、下になった部分が湿ってくるだけでどうにもなりません。よく見るとテントの中も水溜まりになっています。
 これはかなわんと、近くにあった現在は使われていない建物に退避。エントランス部分に再びテントを構えました。私がテントを張っていた場所を見るとそこには水溜まりが…。とりあえず雨が防げたことでひと安心、CDを聴きながらランタンで濡れた衣服等を乾かし、再び眠りに就きました。

・4日目 二輪車
停泊地―
長又―西条市立図書館―郷ジ藪休場金剛―テント泊(吾北村)

 夕べに引き続き朝から雨。少しの止み間に長又を訪れましたが、道の駅に戻ると再び降り始めました。午前中いっぱいは止む気配がありません。便所の前でぼんやりとしていても仕方がないので、愛媛の西条市まで戻り図書館で調べ物をして過ごしました。
 午後になってようやく雨が止み、高知に戻って集落訪問を再開。しかし写真を撮ろうとファインダーを覗くと、何やらおかしな筋が…。カビのようです。雨による湿気が原因であることはほぼ間違いありません。後日現像した写真を見る分には影響がないので、いいといえばいいのですが…。

・5日目 二輪車
停泊地―
上茶屋敷奥伊守川尾中新改後生楽欅山松尾―ホテルにて宿泊(伊野町【現・いの町】)

 この日は道の駅にあるホテルにて宿泊。長期の旅だったので、1日くらいは宿泊施設に泊まろうかと思っていました(前日のほうが賢明でしたが)。洗濯をしたり、広い部屋を独り占めできたり、受付の別嬪さんに感心してもらえたり(?)とメリットは大きかったのですが、気持ちが慌しかったのかあまり実感が湧きませんでした。

・6日目 二輪車
停泊地―
三ッ内忍部窪敷ノ山池河内―テント泊(土佐町)

・7日目 二輪車
停泊地―
黒松遠見帰安城成老八ヶ内桐谷大西井尻横臼平石岩原谷―テント泊(大豊町)

 大字和田の集落はなぜか地形図での誤記が多く、話を伺いながらも辻褄が合わず混乱していました。なぜこのような手違いが起こったのかは分かりませんが、これだけ多く集中しているのも珍しいことです。
 話を伺おうとある民家を訪ねたところ、門では犬がお出迎え。いつもならばここで吠えられるところですが、庭先で住民を探し回っても物音ひとつ立てません。家の方に会うことができ話を伺っていると、今度は前足で寄りかかってきました。人懐こくあまりにかわいかったので、頭を撫でたり額を付き合わせたり、しばし犬との交流を楽しみました。ところで番犬としては…、それは置いておきましょう。

・8日目 二輪車 フェリー(フェリー)
停泊地―
蛇野新頃梅野千本細野ホガザコ平野今屋東谷明嘉―自宅

 蛇野では、在住の方が朝方に不思議な夢を見たそうです。いつもは目が覚めない時間に目が覚め、再び寝入った時だとのこと。私のような物好きが訪れる前兆だったのでしょうか。おいしいお茶、ご馳走様でした。

 

【12月-2010年1月

★鹿児島県名瀬市 【現・奄美市】
★瀬戸内町
★住用村 【現・奄美市】
★宇検村
★大和村
★龍郷町

  

・1日目・2日目 二輪車 フェリー(フェリー)
自宅―大阪南港(船内泊)―名瀬港―古仁屋港―テント泊(瀬戸内町)

 フェリーでの旅は、ひたすら退屈との戦いです。また老若男女入り交じっての雑魚寝は、少し落ち着きません。繁忙期の混雑とはいえ、あれほど隣どうしが密着しているとは…。

・3日目 二輪車 フェリー(フェリー)
停泊地―生間港―
小勝秋向深浦(芝)―浜崎―生間港―古仁屋港―テント泊(瀬戸内町)

 未明から降り始めた雨が続き、この日はずっと弱い雨が降ったり止んだり。バイク&無人集落&テント泊の旅行で、雨は憂鬱の種です。しかし奄美などめったに来られる場所ではないので、雨に濡れながらも奮起して探索に勤しみました。なおこの後も通り雨を含めるとほぼ毎日雨が降り、この時期の奄美の不安定な天気を身を以て感じました。
 加計呂麻島は、映画「男はつらいよ」のロケ地のひとつ。私も寅さんはひと通り鑑賞しましたが、リリーが登場する話になんとなく出ていたような…(※)。余談ですが、ドラマ(映画ではない)の寅さんは沖縄でハブに咬まれて客死しているようです。彼は映画になって復活しましたが、私がここで同じ目に遭っては洒落になりません。

※ 2010年追記:遺作(第48話)の舞台のひとつ。元ちとせさん(当時高校生)の島唄も聴く価値あり

・4日目 二輪車
停泊地―
土泊場波川内青久大浜下福深山―(肥後山)―テント泊(住用村)

・5日目 二輪車
停泊地―
松花アツケ桂勝崎ノ目井勝―テント泊(瀬戸内町)

・6日目 二輪車
停泊地―
大桁池ン間カワケン深浦(古志)―大浜天浜大都福元―民宿にて宿泊(瀬戸内町)

 福元の話を伺おうと名音(なおん)で話を伺っていると、いつの間にか戦時中の生活の話になりました。この時は何気なく聞いていましたが、後になって思い出すことに…(後述)。
 さてこの日は大晦日。年越しくらいは、屋根の下で時を惜しみながらゆっくり過ごしたいものです。酒を呷りつ、そばを啜りつ見る紅白や、「ゆく年くる年」の重厚で厳粛な雰囲気は堪りません。

・7日目(以下2010年)二輪車 フェリー(フェリー)
宿泊地―古仁屋港―池地港―
計良治―(ヤンマ)―池地港―古仁屋港―民宿にて宿泊(瀬戸内町)

 請島の池地では、集落内のいたるところに棒が立て掛けてありました。正月の儀式的なものなのか、疲れたときの杖なのか。何やら軽トラの荷台から子供が引きずって遊んでいます。後で知るところによると、これは通称「用心棒」というもので、ハブを撃退するためのものでした。取りあえず、私も似たようなものを持ち歩いていますが…(叩けばいいのだろうか?)。
 前日の宿泊があまりにも快適だったため、正月だし料金も安いしこの際もう1泊しようと思い同じ宿を訪問。しかし宿は蛻の殻です。近くにいた男性に尋ねたところ休業ではないようで、玄関で呼びかけてくれましたがやはり返事はありませんでした。そこで知っている宿に連絡を取ってくれることに。
 紹介された宿はシーカヤック利用客の小さな民宿。シーズンオフで空きがあるようです。それだけでもありがたかったのですが、通常より格安で泊めていただいたうえに自家製のハブ酒・スモモ酒も勧められ、さらに宿の方も帰宅したため建物は独占状態でした。後で知るところでは、通常はシーカヤック利用者のみ宿泊できるとか。男性と宿の方には感謝です。

・8日目 二輪車 フェリー(フェリー)
宿泊地―
安木屋場倍又ガヤ田雲宇天―名瀬港―…(船内泊)

・9日目・10日目 二輪車 フェリー(フェリー)
…―鹿児島新港―志布志港(船内泊)―大阪新港―自宅

 志布志―大阪のフェリーでは、夕食に食堂のバイキングを利用。食器の返却場所の近くの席で何気なく食事をしていると、バイキングにも拘らず次々と残飯が運ばれてきます。ここでふと名音の方の話(前述)を思い出しました。「戦争中は○○みたいな物でも、1日1食しか食べられなかった」「今はおいしいものがたくさんあるけど、もったいなくて食べられない」「ごちそうを見ると、涙がぽろぽろ出る」…。時代の流れなんだなあと、しんみりした食事になりました。
 さらに同じ船内にて。うっかり便所の個室に財布を置き忘れ、戻った時にはお札の枚数が減っていました(自業自得ですが)。財布ごとの盗難を免れたのは、良心の呵責があったからでしょうか。犯人の事情を推し量ることはできませんが、そのお金を何に使うつもりでしょうか。悔しいというより、その浅ましい行いに憐憫の気持ちすら覚えます。
 いつもは人のありがたみが感じられる集落旅行ですが、今回は終盤で人のいやな面も見え、いろいろと考えさせられる旅となりました。
 ところで志布志港の所在地は志布志市志布志町志布志。頭が痛くなってきます。

※補足1 奄美の段々畑(古いもの)は、段の縁にソテツが植えられているのが特徴的。段地の保持(石垣の役割)・防風といった目的があり、食料不足の時には根・茎を食料にしていたという。戦時中は食料として頻繁に供されたが、十分に毒を抜かなかったため中毒になる人も多かったという。(地元の方の話より)

※補足2 奄美では、人の集まるような場所(集会所など)で頻繁に土俵を見かける。これは豊作を祈願する祭りの中で、儀式的に相撲の取り組みを行う文化があるため(豊年相撲)。時代の流れで規模は小さくなっており、また相撲を取る側の意識も消極的なものになっている。大相撲であまり出世しないのは、体格で負けてしまうからだとか(地元の方の話より)。その中でも徳之島出身の旭道山は有名。

 

 

≪日帰り≫

【2月】

津荷谷(和歌山・本宮町【現・田辺市】)軽トラ

 

【4月】

請川谷 (以下和歌山・本宮町【現・田辺市】)松畑茶屋松畑 二輪車

 松畑茶屋は熊野古道沿いの集落跡で、整備された古道を歩いて向かうのが無難です。しかし請川谷を見たあと、古道入口まで戻るのが面倒だったので、地図を頼りにそのまま山中を通り松畑・松畑茶屋へ向かいました(迷いやすく、道は所々荒れていましたが…)。茶屋跡にはたまたま松畑出身の方が訪れていたのですが、脇からにゅうっと現れた私をたいへん珍しがっていました。しかし詳しい話も聞けた上に缶ジュースもいただき、収穫があったのは嬉しいことです。

十九良(以下和歌山・本宮町【現・田辺市】)小谷大峯 二輪車

 

【6月】

細峠(以下奈良・吉野町)雲井茶屋恋の谷―津風呂湖周辺(上津風呂下津風呂鬼輪)―花瀬大平谷ノ奥 二輪車

 

 

【9月】

釜中(以下奈良・十津川村)釜谷津越 二輪車

 

【10月】

瀬ノ川(以下和歌山・中辺路町【現・田辺市】)沖平 二輪車

東の河・西の河(和歌山・龍神村【現・田辺市】)畝谷(以下奈良・十津川村)南股 二輪車

 

【11月】

音枝・中音枝(以下奈良・下北山村)大瀬前鬼口成瀬古代(上北山村)―中央地区(中平鳥渡り深瀬芦瀬野平戸賀二輪車

 前鬼口到着後、財布を忘れたことに気が付きました。帰りのガソリンが足りないことはほぼ確定的、予定していた前鬼や中央地区以北にも当然行くことができず、憮然と帰路に就きました。その後ちょうど田辺市(本宮)に入ったところで燃料切れに。行きつけの自動車整備工場にJAFで来ていただき、無一文ながら事なきを得ました。

前鬼(下北山村)日浦 (上北山村)―川上村 二輪車

 

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