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◆加須良(かずら・かすら)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「白川村」(昭和28.7)を使用したものである

所在:白川村加須良
地形図:中宮温泉/白川村
アクセント:ズラ
形態:川沿いに家屋が集まる
標高:約580m
訪問:2009年5月

 

 村の北部、庄(しょう)川支流の加須良川の中流部にある。古い地図では8軒の建物と水田が見られる。すぐ西は富山県に接し、上平村【現・南砺市】のともほど近い。
 
桂にある施設の方の話では、加須良と桂との結びつきは強かったという。桂は出稼ぎのため比較的年配の世代が多く、加須良は比較的若い世代が多かった。そのため雪下ろしなど、生活の様々な面で桂を助けていた。「越中桂(えっちゅうかつら)・飛騨加須良(ひだかずら)」と呼ばれていた。
 
集落には1軒の家屋が残っており(写真1)、時おり人が訪れているよう。ほか数軒の屋敷跡(写真2・3)や墓地(写真4)も見られ、北側の一角には碑や祠とともに「加須良合同記念碑」がある(写真5)。以下はその全文。


 全国的な過疎現象により昭和四十三年加須良部落においても離散となりおのえ峠を越えた富山県桂部落も昭和四十五年をもって離散したこゝに集落の統意に基ずき無人の境に御先祖の冥福を念じ永遠に加須良の名を残し蓮如上人御旧跡の地に記念碑を建立する 合掌

 昭和四十六年十月十五日

 なお村内荻町(おぎまち)の「野外博物館 合掌造り民家園」(写真6)に、加須良より移築された合掌造りの家屋4棟が保存されている。
 
寺院は蓮受寺、神社は八幡神社。(村史)
 
大字加須良は近世の大野郡加須良村。明治8年に白川村の大字となる。昭和43年、集団移転(角川)。
 
HEYANEKO氏の調査によると、かつては白川小学校加須良分校(昭和42年閉校)が存在していたという(参考:HEYANEKOのホームページ)。

 


写真1 家屋

写真2 屋敷跡

写真3 屋敷跡

写真4 墓地

写真5 石碑(奥)・祠・碑

写真6 「合掌造り民家園」にて

 

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