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◆舟石(ふないし)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「足尾」(昭和21.11)を使用したものである

所在:日光市足尾町(あしおまち)
地形図:足尾/足尾
形態:山中に家屋が集まる
標高:約1,000m
訪問:2009年3月

 

 足尾銅山旧精錬所の西、銀山平(ぎんざんだいら)の北東にある。古い地図では10軒くらい?の建物が見られる。庚申(こうしん)川の支流に舟石沢があり、集落はこの流域であると思われるが、尾根を越え建物が並んでいるため黒石との境はよく分からない。
 現在は舟石峠に駐車場があり、ここにかつての集落を解説する看板(市設置)や集落名の由来となった舟状の石がある(写真1)。以下は看板の全文。


 舟石には、明治のはじめ数戸の家が、農業を営み生活をしていました。当時は、この地を岩魚が多くとれたので、「魚の沢」とよんでいましたが、足尾銅山を開発した古河市兵衛が、明治30年代にこの地をおとずれたとき、この舟の形をした石を見て「舟石といったらどうか」といわれたことから「舟石」の地名がついたということです。
 舟石の最も栄えたのは、大正7年(1918)のころで47戸の家が点在していましたが、徐々に少なくなり、昭和29年には、まったく住む人がいなくなってしまいました。
往時を物語る石碑が、今も山の上に残されています。


 文中にある「石碑」は見つけることができなかったが、黒石のページで触れた石柱のことなのだろうか。
 本山方面から峠を越え少し脇に入ると、屋敷跡と思われる平坦地が広がっている。さらに林道を下っていくと何かの小屋があり、この敷地には「土(うぶずな)神社碑」がある(写真5)。もう少し下ったところにも平坦地や石積みが見られ、屋敷跡かどうかは分からないが、瀬戸物のかけらも見られた。

 『足尾郷土誌』によると、昭和29年に無住となったとのこと。

 


写真1 舟石峠にて

写真2 石垣

写真3 遺構

写真4 屋敷跡?

写真5 土神社

写真6 道

(写真7 林道舟石線起点)(2019年撮影)

 

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