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◆灰野(はいの)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「四ッ谷」(昭和27.2)を使用したものである

所在:南丹市美山町芦生(あしう)
地形図:中/四ッ谷
形態:川沿いに家屋が集まる
標高:約400m
訪問:2009年9月

 

 町東部、由良(ゆら)川の上流部にある。古い地図では8軒くらいの建物が見られる。
 
京都大学研究林内に位置し、入林の際には簡単な手続きが必要。
 
集落には森林軌道(写真1)が横切っており、灰野に訪れる際は研究林の事務所がある須後(すご)よりこれをたどることになる。なおこの軌道は灰野に住民がいた時に既に敷設されていた。須後より七瀬まで延び、研究林内の移動のために敷設されたもの。
 
現地には農地跡や屋敷跡、神社が残り、軌道沿いには灰野についての説明文の看板がある。以下はその全文。


「灰野の歴史」

 寛永15年(1638)この頃より由良川下流15kmにある南・北村さらに中・田歌村から芦生奥、赤崎・灰野などに山番を派遣して定住させる。翌年には赤崎より更に奥、小ヨモギ・大ヨモギなどに南村より12人定住する。慶安3年(1650)北村より7人灰野に定住する。更に奥、七瀬・中山にも寛文5年(1665)に木地師が居住していた記録があり、その後も各地に居住する人達がいたが、昭和35年に灰野が廃村となった時には由良川最上流の集落であった。最盛期には、八軒、旅人相手の宿もあって、今も芦生の集落に残っている松上げや、盆踊りが盛大に行われていた。人によっては山仕事の他、ヤマメを釣って売り、冬には狩猟を行って生活していた。


 なおWikipediaでも、京大研究林の項目内で灰野について触れられている。

 


写真1 軌道

写真2 石垣

写真3 農地跡

写真4 神社

 

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