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◆桂(かつら)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「白川村」(昭和28.7)を使用したものである

所在:南砺市桂
地形図:中宮温泉/白川村
形態:川沿いに家屋が集まる
標高:約550m?
訪問:2009年5月

 

 (しょう)川の支流、岐阜と富山を分ける境(さかい)川の中流部にある。古い地図では6軒の建物と水田が見られる。すぐ東は岐阜県に接し、白川村の加須良ともほど近い。
 
現在集落は境川ダム(写真1)の人造
湖(桂湖)に水没し、湖畔にはキャンプ場が営業中。施設の方に話を伺ったところ、桂についての資料をコピーしていただいた。以下はその中から抜萃したもの。なおこの資料は、閉村時に分校の教諭を務めていた方が、中学か高校の授業で話をするために作成したものだそう。

 世帯数6。昭和4511月離村。それぞれ富山・大阪・金沢・石川・村内東赤尾(ひがしあかお)・城端町【現・南砺市】へ転居
 
学校は西赤尾小学校桂分校。大正4年季節分校として開校、昭和45115日桂閉村とともに廃校
 
昭和31年、林道桂線の開通
 
昭和36年、灌漑用水を利用した自家発電所の設置
 
昭和43年、無線の設置。農協とつながっており、朝夕7時、安否を確認する連絡があった
 
昭和451025日解村式、同115日閉村式

 またこの方の話では、加須良と桂との結びつきは強かったという。桂は出稼ぎのため比較的年配の世代が多く、加須良は比較的若い世代が多かった。加須良の住民が離村し、集落の存続が難しくなったことで、ダム建設よりも早い段階で離村に至った。

 大字桂は近世の礪波郡桂村。明治22年上平村の大字となる。冬期になると郵便物は翌春まで届かないという状態が昭和初期まで続いた。生業は養蚕・狩猟・木こりであったが、木材搬出・製炭業者に山を売った。明治6657人(角川)。

 


写真1 境川ダム

写真2 集落付近

 

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