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◆高山(たかやま)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「丹生」(昭和26.10)を使用したものである

所在:松阪市飯南町有間野(ありまの)字高山
地形図:丹生/江馬
形態:山中に家屋が散らばる
標高:約400m
訪問:2009年1月

 

 櫛田(くしだ)川の支流、一之瀬(いちのせ)川の上流にある。古い地図では3軒くらいの建物が見られる。
 近世の飯高(いいたか)郡高山村。明治初年に同粥見(かゆみ)村に合併。
 地元の方(有間野の有上(ありがみ)在住、70歳)の話では、最盛期のころ家がは2、30軒くらいあったという。庄屋が1軒あり、農民が1日いくらかの賃金をもらって耕作をしていた。井戸もあった。ほとんどが「ウラタニ」(具体的な場所は聞き忘れた)に降りたが、この方の家と寺院(天理教)だけが有上に降りてきた。なおこの方の先祖(4、5代前)は木挽(樵)をしており、高山の娘と結ばれてこの地に住み始めたという。お父さんの代まで高山で暮らしていた。姓は高山(たかやま)が多く、ほか浜田(はまだ) など。
 現地では屋敷跡1箇所、屋敷跡と思われる場所(写真1)がもう1箇所くらいと、古い道沿いに墓地も見られた。屋敷跡の付近には瀬戸物のかけらなどが散乱している。訪問時は古い地図に描かれている古い道から徒歩で訪れたが、現在は鋪装された車道がつながっている。また集落内も、植林内を押し広げて最近作られたような作業道が巡らされている。
 町史には古老の話として、「高山の祖先は江州(滋賀)から来た長井氏・高木氏ほか31人の人々と聞く」「源六・良介・仙右衛門・多良兵衛の4軒は早くからあり、明治15年頃には他の県から移住してきた人もあった」「田畑では米・麦・茶・小豆などが多く取れた」といったことが触れられている。編纂者を当地に案内した方々の記憶では、大正末期に高山氏2軒・島田氏・浜田氏が暮らしていたという。

 


写真2 屋敷跡?への道

写真1 墓地

 

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