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◆徳丸(とくまる)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「新居濱」(昭和23.4)を使用したものである

所在:四国中央市富郷町寒川山(さんがわやま)
地形図:弟地/新居浜
形態:山中に家屋が集まる
標高:約600m
訪問:2009年10月

 

 銅山川の左岸山中、豊受(とようけ)川西の尾根上にある。古い地図では5軒くらいの建物が見られる。『伊予三島市 嶺南』によると、戸数は昭和736戸、同56100戸(全戸転住)。地図では見落としてしまったが、寺野の展示施設で閲覧した資料により存在を知ることができた。
 
施設の方に大まかな場所を教えていただき、それらしい場所に向かって山道をたどると尾根上に墓地を見つけることができた(写真)。長い山道ではあるが幅も広くしっかりしており、比較的主要な道であることが窺えたが、手持ちの道路地図ではこのまま進むと隣接する津根山(つねやま)に入ってしまうため、確信が持てず途中で引き返してしまった。しかしあとで伺った話では、集落のすぐ手前まで来ていたという。地図上で大字の境界が誤っていたことが憾まれる。

 「三椏を多く産す又木炭の製造盛んなりコ丸は始め新田氏の開きし處にて新田氏の一族宗次と稱するもの慶應年間コ丸に逃れ田尾の畝を開き此處に居住し新田義貞公を氏神とし又一堂宇を建て授乳藥師如来を祀りたりといふ、新田神社は大正三年郷社豊受神社に合祀されたるも乳藥師は今尚鎮座ましまして遠近より婦女子の参拝するもの多し、コ丸部落は古来宗次氏を名乗りしも明治に及びて宗次を廃して部落悉く西村と改稱し今日に到る」(『伊予三島市 嶺南』)


写真 墓地

 

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