戻る 前へ 次へ トップページへ

 

2010年

≪宿泊≫

3月】

★山梨県下部町 【現・身延町】
★南部町
★身延町

  

 

・1日目 二輪車
自宅―相模原(帰省)―ビジネスホテルにて宿泊(相模原市)

・2日目 二輪車
相模原(帰省中)―テント泊(下部町)

 途中で立ち寄った「道の駅なるさわ」は、所在地が鳴沢村字ジラゴンノ。何やら愛嬌のある地名です。

・3日目 二輪車
停泊地―御弟子折門大子桃ヶ窪川向古谷城大垈音下温井剣抜折付―自宅

 

【5月】

★長野県信州新町 【現・長野市】
★美麻村 【現・大町市】
★八坂村 【現・大町市】
★生坂村
★坂北村 【現・筑北村】
★本城村 【現・筑北村】
★明科町 【現・安曇野市】
★四賀村 【現・松本市】 ほか

   

 

・1日目・2日目 二輪車
自宅―道の駅賤母にてテント泊―辺尾・奥辺尾高合祖室小首―(蕨平)―奈良尾鷹ノ巣一期棚ノ川権田赤虫―テント泊(信州新町)

・3日目 二輪車
停泊地―土橋寒ノ子牛門長者明賀小米立神出境野太ノ田若栗再訪胡桃蔵里屋敷平再訪保屋再訪再訪
―テント泊(美麻村)

・4日目 二輪車
停泊地
和田日向再訪松合日影品生再訪寒方地女生山有峠奈良尾(青具地区)―小境大境入山―テント泊(美麻村)

 美麻村の高地地区は2006年にも訪れたのですが、経験の未熟さゆえに集落の多くを訪れることができませんでした。当時品生を和田と勘違いし、長期にわたりレポートに掲載していたことも、今にすれば慙愧に耐えません。今回はやや難儀しながらもすべての集落を訪れることができ、感慨もひとしおです。
 この日の集落巡りも終わり、道の駅で幕営。すると関係者と思われる年配の男性がふらりと立ち寄りました。そこで一晩の立ち寄りを伝えるついでに千見地区の集落のについて伺ってみることに。実はこの方、かつては中部電力の集金を担当しており千見地区を1軒1軒回っていたということで、特に軒数について有力な情報を得ることができました。2009年のたこ焼き屋台のおじさんといい、道の駅でも思わぬ情報が得られるものです。

・5日目 二輪車
停泊地―駒返曲尾(千見地区)―一ノ貝長崎大笹細貝七通奈良尾(千見地区)―不須小屋敷竹ノ川長峰小岩岳桑の木沢地捨ノ田矢田川―テント泊(八坂村)

 曲尾に訪れると、かつての住民の関係者が山菜採りに訪れていました。事情を説明するなり「いい場所に来てくれたよー」と、突然の訪問者を歓迎してくれました。その後集落の隅々まで案内していただきましたが、その最中も「本当にいい所でしょう」「何時間いても飽きないよ」「昔はね、……」と言葉が続きます。父祖の生まれ育った地にこれだけ愛着と誇りを持てるこの方もすばらしいですが、愛される集落を築き上げた先人たちの努力もすばらしいと思います。この思いが子々孫々まで受け継がれるかどうかは分かりませんが、いずれ人々の記憶から消えてゆくのは寂しいものです。
 この日の終わりは道の駅も遠く、一晩過ごす場所の当てがありませんでした。なんとでもなるだろうと、日も傾きかけた矢田川をこの日の締めに訪問。磨崖仏に至る車道の終点が意外に開けていたので、ここにテントを張ることにしました。尾根上にいるためか普段はあまり聞こえないFMラジオもよく入り、何だかんだと日付が変わるまで聴いていました。

・6日目 二輪車
停泊地―槍平再訪小田谷鹿籠鳥立入山白牧根峯水穴―ビジネスホテルにて宿泊(穂高町【現・安曇野市】)

 翌日は雨の予報が出ていたため、洗濯なども兼ねてビジネスホテルに宿泊。夜はテレビを見ながら酒を飲んでいたのですが、NHKのあるドキュメンタリー番組に見入ってしまいました。高齢者の多い過疎地域で、長年慕われ続けた医師が高齢のため退職、その様子を追うといった内容です。趣味柄こういった話題にはたいへん心を揺さぶられます。旅先で独り飲む酒には、極上の肴になりました。

・7日目 二輪車
宿泊地―下池古屋敷荻ノ原クルミゾウヒトモロエイザ清久保鷲穴泥沢丸木豊久保高松カルツギ―大町市立図書館―テント泊(坂北村)

・8日目 二輪車
停泊地―寺沢―(戸屋)―菖蒲沢百瀬萱野一石八塚伊切分財ダイモチ鼠屋敷梨ノ木堂池ノ塔木下瓜ヶ久保―テント泊(池田町)

・9日目 二輪車
停泊地―明賀大久保黒坪遠見―峰方地区(西ノ久保才ノ神下俵竹ノ惣長畑)―矢下沢地区(長ノ尾新名庄矢下)―沢村境尾―(ノジャラ)―乙見鬼落ヨシガ沢扇平五輪平入庄部日向鍋山神木平―(こおろぎ)(【虫へんに車】)―子ノ神白牧―自宅

 

【8月】

★京都府宮津市
★大宮町 【現・京丹後市】
★伊根町
★丹後町 【現・京丹後市】
★弥栄町 【現・京丹後市】
★久美浜町 【現・京丹後市】 ほか

  

 

・1日目 二輪車
自宅―テント泊(舞鶴市)

・2日目 二輪車
停泊地―荒田奥車谷大河内大谷内山滝谷蛇谷西谷東谷―テント泊(伊根町)

 今回はひたすら藪とイノシシの印象が残っています。草藪・笹藪・竹藪には、行く先々で何度悩まされたか分かりません。特に雨や露で濡れた藪は脅威ですらあります。
 イノシシも至るところで何度も目撃。多くははぐれた?ウリ坊でしたが、表山(8日目)の林道では親に遭遇。バイクに乗車中だったせいかこちらが追いかける側になり、何事もなく済みましたが…。また別の場所ですが、集落跡の探索中に藪から荒い鼻息が聞こえてきます。鈴を激しく鳴らすといつの間にかいなくなっていましたが、これは気が気ではありません。

・3日目 二輪車
停泊地―東野駒倉滝脇小杉―(浅谷)―福之内―(瀬戸)―神山―テント泊(伊根町)

 段の探索後、元住民夫婦にお会いし、成り行きでお地蔵さんに線香をあげることに。私のようなよそ者にもご利益があるかは分かりませんが、勧められるがままに旅の安全を祈らせてもらいました。無事に帰って来られたのも、お地蔵さんのご利益かもしれません。

・4日目 二輪車
停泊地―足谷吉谷田坪住山―(大石畑)―成谷熊谷乗田原―テント泊(丹後町)

・5日目 二輪車
停泊地―尾崎三山小脇竹久僧川久保神主大石力石一段相川谷栃谷―(尾坂)―ビジネスホテルにて宿泊(峰山町【現・京丹後市】)

 今回もやや長期の旅だったので、半ばから後半にかけてどこかで一泊しようと思っていました。予約した時点での天気予報はまずまず良好だったのですが、当日が近付くにつれ天気は悪化、偶然にも台風の通過する夜と重なりました。これも段のお地蔵さん(3日目参照)のご利益でしょうか。よかった、よかった。

・6日目 二輪車
宿泊地―京丹後市立峰山図書館―尾坂―テント泊(弥栄町)

 この日は午前中を中心に雨。台風一過の晴天とはいきませんでした。2009年の10月以来、悪天候時の図書館は常套手段。場所はあらかじめチェックしています。

・7日目 二輪車
停泊地―出合―(黒川)―(三舟)―味土野吉津高原―ビジネスホテルにて宿泊(峰山町)

 先に訪問した熊谷尾崎、そしてこの日の出合黒川、訪問せずに終わってしまった茶園平家、これら住山南西にある一連の集落は、この旅の中でも難関になるだろうと予想していました。道をたどることも不安なうえ、この日も出端から雨上がりの笹藪・草藪で体中ずぶ濡れ、さらには数十匹いるだろうという夥しい数のアブに囲まれ、なんとか黒川らしき場所にたどり着いた頃にはすっかり気力も萎えてしまいした。道が不明瞭になったことも追い撃ちとなり、これ以上の探索は断念することに。
 しかし後日あるサイトで、黒川と茶園の石碑の写真が掲載されているのを目撃。驚くやら羨ましいやら、私にとってはまさに垂涎の的です。よほど脳裏に焼きついたのか、尾崎のレポートを作成した夜にはこれらの集落を探して山中をさまよっている夢まで見てしまいました。「逆尾」という架空の集落(尾崎の反対側にある集落のことだろう、と自己分析)まで出てくる始末です。せめて府内に住んでいたのなら、雪の融けた春先にでも訪れたいものです。
 さてこの日も終盤から雨。再び宿泊施設にて一晩過ごすことに。「雨の時は宿へ」というのがすっかり定着してしまいました。

・8日目 二輪車
宿泊地―(二又)―筬津六谷表山一条寺山内―自宅

 

【10月-11月】

★兵庫県相生市
★新宮町 【現・たつの市】
★上月町 【現・佐用町】
★佐用町
★生野町 【現・朝来市】
★大屋町 
【現・養父市】
★日高町 【現・豊岡市】
★浜坂町 【現・新温泉町】
★鳥取県八東町 【現・八頭町】
★国府町【現・鳥取市】 ほか

  

 

・1日目 二輪車
自宅―テント泊(相生市)

 今回の目的は兵庫県。今年はどうもクマの当たり年らしく、特に兵庫や京都など関西北部ではクマが頻繁に出没しているようでした。はたして無事に帰れるのでしょうか。
 道の駅に到着後、9時か10時頃には就寝しましたがなぜかまったく寝付けませんでした。1時になり2時になり…、多少の睡眠は取れたようですが、目覚ましをかけておいた4時よりも前には目が覚めてしまいました。眠れたのは数十分ほどだったと思います。

・2日目 二輪車
停泊地―藤原新田奥麦子神保菖蒲谷―相生市立図書館―ビジネスホテルにて宿泊(相生市)

 この日は午後から雨。集落探訪初日にして宿泊施設へ。まだ序盤なので洗濯や機器の充電といった恩恵も少ないため、何やら素直に喜べない宿泊となりました。ただ、眠っている夢を見るほど気持ち良く熟睡できましたが…。

・3日目(以下11月) 二輪車
宿泊地―黒蔵
三濃山新山寺抜位大釜―テント泊(佐用町)

 新山寺に向かう途中、作業道(林道?)をバイクで走っていると大きな動物が目の前を横切っていきました。何をどう見間違えてもクマにしか見えません。その後バイクを降り山林を歩き回ったのですが、物音がするたびに恟々としていました。出発前のクマ出没のニュースは伊達ではありません。

・4日目 二輪車
停泊地―岡坂惣田水根蓑畑
遊屋奥多々良木上生野―テント泊(朝来町【現・朝来市】)

 水根からの帰り道、左足の裏付近に違和感を覚えました。まだ集落探訪も中盤だというのに、肝心の足を傷めてしまったようです。翌日以降も痛みは引かず、平地を歩いても鈍い痛みが走ります。石や枝を踏むと痛さで膝が折れるほどで、麻酔を打ちたいくらいでした。その後も覚束ない足取りであちこち回ったのですが、根性というよりも「この先を自分の目で確かめたい」という意気がまさった、といったところでしょう(私は根性がありません)。帰宅後も半月以上痛みが残ったのですが、趣味とはいえよくやるものです。

・5日目 二輪車
停泊地―大路一ノ段古屋岩井佐治見鹿倉―テント泊(八鹿町【現・養父市】)

 ある所で集落の話を伺ったたところ、お宅に誘っていただいたうえに出身者が著した資料まで見せていただきました。その後近辺を見て回っているとちょうどお昼になり、今度は昼食に誘っていただくことに。それとなくお断りしましたが、結局はお言葉に甘えてそば(ご主人が打ったもの)や手作りのおやきをご馳走になりました。気力・体力ともに充実です。鰹のだしが利いた素朴でおいしいつゆのそばは、思い出すと食べたくなります。

・6日目 二輪車
停泊地―海老原若林金山分尾小長辿―テント泊(村岡町【現・香美市】)

 この日の行程は山道ばかり。傷めた足を庇いぎこちなく歩くので、斜面から滑り落ちたり川にはまったり。泣きっ面に蜂です。

・7日目 二輪車
停泊地―(宮谷)―本見塚鹿間大滝池ヶ平横坂―テント泊(八東町)

・8日目 二輪車
道の駅―滝谷柞原妻鹿野横地侭山住山拾石殿―(大鳴)―畑山―自宅

 

 

【12月-2011年1月

★沖縄県石垣市
★竹富町
★沖縄市
★名護市
★本部町
★東村
★国頭村 ほか

   

 

・1日目 軽トラ レンタカー 飛行機  晴(石垣)
自宅―関西空港―石垣空港―車中泊(石垣市)

 この旅の計画当初はバイクで巡ることを考えていましたが、車輛が沖縄本島までしか運べないため、集落旅行初の飛行機搭乗。いつもは地図ばかり眺めていますが、実際に上空から眺める日本も感慨深いものです。
 現地到着後はレンタカーを利用。
普免取得以来ほぼ軽トラ(マニュアル)しか乗ったことがない私は、オートマ車の運転操作をまったく覚えていませんでした。営業所で操作方法を説明してもらいましたが、両足でペダルを操作していることに気付いてもらえないまま出発。右足だけで操作できることに気付くまで、しっくりこないアクセル・ブレーキとの挌闘が続きました。

・2日目 レンタカー  曇時々晴
停泊地―盛山安良―車中泊(石垣市)

 前日の夜にカーナビをひたすらいじり、とりあえずの使い方を習得。実際に使いながら操作に慣れるにつれ、「世の中にこんな便利なものがあったのか」とただただ感心。カーナビ万歳。

・3日目 バス フェリー(渡船) その他(カヤック)  曇時々晴
停留地―石垣港―上原港―宇多良炭礦―旅館にて宿泊(竹富町・西表島)

 宇多良礦山を川から眺めようと、浦内(うらうち)川でカヤックを初体験。私は水が苦手なので、川岸近くから離れられずよろよろ漕ぎ進むという懦弱ぶりです。岩や木に当たりそうになっても、やはり陸が恋しいものです。

・4日目 バス  雨時々曇
宿泊地―稲葉―同旅館にて宿泊

 西表島西部の白浜(しらはま)からは船浮(ふなうき)網取への渡船が出ています。網取への航路は既に廃止が決定しており、便がいつ無くなってもおかしくありません。今回はこの網取行きを利用しようと思ったのですが、波が高く欠航に。この旅最大の目的地を諦めかけましたが、宿の女将さんのつてで天候回復次第チャーター船で行けることになりました。結果として予定していなかった成屋南風坂の訪問も叶い、この機転には本当に感謝です。

・5日目 徒歩 バス  雨のち曇
宿泊地―(高那)―(野原)―由布―同旅館にて宿泊

 この日も冬型の天気。時化のため船も出ず行く場所がなくなってしまったので、なんとなく由布島へ行くことに。水牛車の渡しで有名な観光スポットです。出発前のHEYANEKOさんとのやりとりで「由布島には学校跡があって…」という話があり、それが頭に残っていたこともありました。
 私の乗った車を牽く水牛は、ガイドの話によると仕事があまり好きではないということで、誰かに似ています(?)。「水牛の池」(牛の休憩所でもある)に差し掛かるなりか細い声で鳴き始めましたが、これは「帰りたい」と言っているとか。今日は風も強いし客も多いし大変だろうと、何となく同情してしまいました。
 さて成り行きで同じ宿に3連泊することになりましたが、この間に女将さんから何度か差し入れをいただきました。紅芋餅・田芋(揚げてたれを絡めたもの)・オオタニワタリ(葉のてんぷら)・ヒカゲヘゴ(新芽の皮を剥き、輪切りにして茹でて和えたもの)など、どれも本土では珍しいものばかりです。味も良く、地域で受け継がれてきた貴重な食文化を体験できました。

・6日目 徒歩 フェリー(チャーター船)  晴
宿泊地―成屋―(元成屋)―南風坂網取崎山―テント泊(竹富町)

 ようやく待望の晴天。波も穏やかになり、意気揚々です。
 網取の探索を終え、海岸沿いを歩いて崎山へ。ウェーダー(釣り用の下穿き)と登山用ザックという出で立ちです。網取の砂浜が終わると崎山湾の入口まで岩場が続きますが、ここでは厄介な場所が度々現れるのでしばしば悩まされました。殊に崎山湾入口付近には突き出た岩壁があり、登ったりへつったりできそうにありません。時間がたつにつれ引き潮になっていくことが分かっていたので、とりあえず停滞。3、40分くらいすると腰の高さくらいまで潮が引き、無事に通過することができました。湾に入ると岸も海も穏やかになるのですが、安堵したのも束の間。集落すぐ手前にある川の河口で泥地に足を取られ、背中の荷物に押し潰されそうになりました。直立すると足が沈み抜けなくなるので、立て膝の格好で河口を通過、やっとの思いで崎山に到着しました。集落探訪で、後にも先にもこれほど苛酷な行程はないと思います。
 夜になりラジオをつけたところ、何やら中国語の歌が聞こえてきます(入ったのはこの一局のみ)。考えてみれば台湾までも近い距離、隣国のラジオが入ってもおかしくはないのでしょう。レンタカーの車内でずっと流していた、沖縄民謡やウチナーグチが時おり交ざるラジオが聞きたかったところです。

・7日目 フェリー(チャーター船)  晴
停泊地―船浮港―民宿にて宿泊(竹富町・西表島)

 この日は崎山湾から鹿川湾までを縦断し、南岸の鹿川へ行く予定でした。湾より人が通った跡らしき筋をたどるものの、越えるべき鞍部は少しずつ離れていきます。途中で横道でもあればまだ望みはあったのですが、100mほど登って道を失いあえなく断念。軽装ならばもう少し積極的に動けるのですが、荷物がネックとなり探索を続ける気力はほぼ完全になくなりました。西表の山は深く地形も複雑ということで、深追いは命取りです。
 崎山湾まで戻ると、朝にはなかった舟が着けられていました。船主の帰りに便乗させてもらうことも考えましたが、湾の入口付近で携帯電話が通じる場所が偶然見つかり(※)、網取まで送っていただいたチャーター船で迎えに来てもらうことができました。網取までまたあの道を戻ると思うと、うんざりしていたところです。
 のんびり船を待っていると、湾の奥から何かを曳いて男性(例の船主)が歩いてきました。魚網か何かかと思ったのですが、そこには捕らえられたイノシシがプカプカと浮いていました。崎山湾一帯はこの方のイノシシ猟の縄張りだそうで、私が罠にかからなくてよかったです。
 そんなこんなで船が到着。帰路では解放感も相俟ってか海がとてもきれいに見えました。あの時の、青く深い水の色は忘れられません。

※ 船浮にはauの基地局があります。私の携帯電話はauだったので運良く通じたようですが、他社のものは通じないと思います

・8日目 飛行機 フェリー(渡船)  晴
宿泊地―船浮港―白浜港―上原港―石垣港―石垣空港―那覇空港―瀬長島―テント泊(豊見城村【現・豊見城市】)

9日目 レンタカー  晴一時雨
停泊地―(
中原)―(下勢頭)―(嘉良川森根)―倉敷―(白川大工廻御殿敷宇久田)―(久得)―牧原―(国直野国野里)―(長田親志)―川上開墾―アパートにて宿泊(名護市)

 この日の宿泊に「名護市内のアパート」とありますが、これは職場の先輩の奥さんの実家が経営しているもの。出発前に先輩に沖縄旅行の話をしたところ、空き部屋があるから是非とも泊まっていけと熱烈に(?)勧められました。普段からよく面倒を見てもらっていますが、プライベートの旅先でも恩恵に与ることができるとは…。奥さんと娘さんにも、部屋の手配に始まって寒い中のお出迎えとお見送り、朝ご飯の差し入れといろいろ気を遣ってくださり、先輩と奥さんには感謝です。車中泊では常におかしな格好で寝ていましたが、部屋で足を伸ばして眠れるのは気持ちが良いものです。

・10日目 レンタカー  晴
宿泊地―
内堂照利原我満堂山泉川喜仙川儀間喜縄原野国名潟原―民宿にて宿泊(名護市)

 この日は大晦日ということで、年越しの安息を求めて宿泊施設へ。「民宿」の名に惹かれてある宿に予約を入れましたが、訪れてみると洋風の一軒家を改装した、ペンションのような雰囲気の宿でした。清潔感のある部屋、瀟洒な内装、宿泊客との交流に積極的な経営者夫婦と、汗臭く泥臭い一人旅にはもったいないくらいの待遇です。私は酒の酔いが回るまでそわそわと落ち着きませんでしたが、女性やカップルの観光客には居心地の良いお勧めの宿だと思います。
 夜には年越しの沖縄そばのサービスがありました。旦那さんが勧めてくれた泡盛を飲みつつ、年越しに沖縄そばというのもまた趣があります。

・11日目(以下2011年) レンタカー  晴
宿泊地―
ミナト古島サージャー内美里サンヌマタ大工泊大泊

・12日目 レンタカー  晴
宿泊地―
下新川小浜の上高江―(タークブ)―ユッパー田名―車中泊(国頭村)

・13日目 軽トラ レンタカー 飛行機  晴
停泊地―(
ツラカシ)―ユルジ上原喜味原―(エーガイ)―那覇空港―関西空港―自宅

 思い返せば、今回はいつもと違って寄り道がだいぶ多かった気がします。地元の食も大いに味わい、土産もずいぶん買いました。レンタカーの移動が快適で余裕があったこともあるでしょうが、南の島独特の雰囲気というか文化というか、歴史的背景というか、うまく言えない何かに惹き付けられたような気がします。

 

 

≪日帰り≫

【2月】

芦山払合(和歌山・上富田町)軽トラ

張安再訪(和歌山・中辺路町【現・田辺市】)宮代再訪大瀬(以下日置川町【現・白浜町】)大字竹垣内(土泥下地太郎行 軽トラ

 今回は斯界の大先輩、HEYANEKOさんと一緒の集落探訪です。兵生(宮代)・大瀬の分校を訪れたいということで、氏の提案により初の対面が叶いました。「HEYANEKOのホームページ」から伝わってくるオープンな雰囲気さながら、実際のHEYANEKOさんも気さくで朗らかな方でした。集落探訪に際し様々な資料を見せていただきましたが、この几帳面さがサイトの緻密な内容につながっているのでしょう。
 単独行動が主体の私にとって、常に同行者のいる探訪は新鮮なものです。

 

大熊(和歌山・大塔村【現・田辺市】)里谷(以下日置川町【現・白浜町】)大字竹垣内(栃尾桑原古屋平軽トラ

 

【3月】

虎ヶ峰(和歌山・龍神村【現・田辺市】)軽トラ

 

【4月】

深瀬(以下和歌山・本宮町【現・田辺市】)平治川下栗垣内平ヶ谷奴田 軽トラ

 

【6月】

道湯川再訪(和歌山・中辺路町【現・田辺市】) 軽トラ

 

【7月】

孫入峰(以下奈良・十津川村)上西切長野切椋尾峰切 二輪車

 

【9月】

明円(以下奈良・十津川村)沖ノ口松本橋掛―(湯之谷) 二輪車

 今回の訪問で行動の拠点となった小森(こもり)の集落は、かつて十津川村役場があった場所。このような辺鄙な山中で役場の跡を見たのは、2008年の槌之川以来です。現在の生活様式では全く考えられないことですが、これも山深い秘境・十津川村ならではの歴史の遺産です。

河之平九鬼尾越 二輪車

【10月】

和田(三重・紀和町【現・熊野市】)大渡再訪(以下奈良・十津川村)再訪 軽トラ

 2月に引き続き、今回もHEYANEKOさんとの集落訪問。上記の3箇所は氏の得意分野である「学校跡を有する廃村」です(この他和歌山・北山村の小松(こまつ)も訪問)。
 前日の午後に紀伊田辺駅で待ち合わせをしていたのですが、折からの大雨で紀勢本線が運転見合わせ。有田市の箕島駅まで迎えに行くことになりました。氏と酒を酌み交わす時間は大幅に減ってしまいましたが、このようなアクシデントも旅の一興?でしょうか。
 翌日は予報よりもだいぶ早く天気が回復し、快適な集落探訪となりました。

大谷(下番・中番)(以下奈良・十津川村)出店古矢倉―大谷(奥大谷)二輪車

【11月】

白久野(和歌山・中辺路町【現・田辺市】) 軽トラ

 仕事の現場がたまたま近くだったため、仕事帰りのついでに訪問です。

 

戻る 前へ 次へ トップページへ