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◆古屋(ふるや)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「大屋市塲」(昭和27.2)を使用したものである

所在:養父市大屋町和田(わだ)字古屋
地形図:大屋市場/大屋市場
アクセント:ルヤ
形態:川沿いに家屋が集まる
訪問:2010年11月

 

 大字和田の西部にある
 下流より栃山(とちやま)・中じゅう(なか―)・奥じゅう(おく―)の小集落に細分される。集落内の案内板によると、養蚕や炭焼きが主な収入源。特に養蚕は盛んに行われていたよう。田では稲と麦の二毛作、畑ではジャガイモや豆類・蔬菜・雑穀を栽培。畑作物は自給を上回る生産量だったという。『但馬 ふるや』では他に畜産(但馬牛)・日雇労働・明延鉱山なども挙げられている。
 奥じゅうではこの界隈の有力者・小倉(おぐら)氏が製糸工場を設立。但馬で最初にボイラーを導入し、100人以上の従業員を雇用するなどたいへん発展した。生糸は大路谷峠を越えて一宮・山崎・姫路を経て飾磨小倉事務所まで運ばれた(通称「シルクロード」)。
 以下は『但馬 ふるや』より「古屋の歴史」の一部を抜萃・改編したもの。

 元暦2(1185)  平家滅亡。落人古屋に入る
 宝暦元(1751)  小倉与一右衛門 大邸宅を築く(「奥じゅう」にて後述)
 明治9  小倉寛一郎(―かんいちろう)、製糸業を創立
 明治22  小倉製糸場廃止
 大正3  南谷小学校古屋分校が開校
 大正4  岩谷鷹蔵氏、霊鷹(れいよう)鉱山を始める
 大正8  霊鷹鉱山中止
 大正13  古屋分校廃止
 昭和21  明延(あけのべ)鉱山より電力供給
 栃谷から奥じゅうまで道路拡幅
 昭和26  明延鉱山よりの電力供給停止
 昭和28  関西電力より電力供給
 昭和47  古屋廃村
 昭和63  記念碑(写真4)建立

 平成元

 古屋自然村の会発足

 


≪栃山≫

標高:約280m〜

 古屋のうち、最も下流にある地区。産生神社(写真1)や栃山地蔵尊などがある。
 無人になったのち1世帯が他の地区から転入し、現在も通年暮らしている。
 以下は『但馬 ふるや』より、姓と居住状況・転出先(年代はその年の居住の有無)。

明治25  昭和25 離村順序  刊行時の居住地  備考
花原 13 御殿場市  
栃尾   高砂市 現在は当地に転入者が居住
7 大屋町  
山内    
守田   姫路市  
花原 12 豊岡市  
千葉   長岡京市  
山内 14 (記載なし) 明治・昭和ともに世帯主が同じ。昭和25年居住は誤りか
松田   亀岡市  
松田 11 大屋町  

 


写真1 産生神社

写真2 屋敷跡

写真3 墓地

写真4 碑


≪中じゅう≫

標高:約330m〜

 大正3年まで南谷小学校古屋分校があった。
 以下は『但馬 ふるや』より、姓と居住状況・転出先。

明治25 昭和25 離村順序 刊行時の居住地  備考
千葉   大屋町  
和田    
小倉    
山内    

 


写真5 屋敷跡


≪奥じゅう≫

標高:約350m〜

 小倉氏の邸宅跡があり、これは町の指定文化財にもなっている。現在も立派な石垣が残り、その佇まいは城塞を髣髴とさせる。最奥の花原家は北西に延びる谷の奥に離れて立地、標高は500m近い。霊鷹鉱山は南西に延びるの谷の奥にあった。
 以下は『但馬 ふるや』より、姓と居住状況・転出先。

明治25  昭和25 離村順序 刊行時の居住地  備考
花原 3 高槻市  
小倉 2 大屋町  
1 神戸市 小倉屋敷
山内   大屋町  
小倉 4 川西市  
  神戸市  
山内 9 豊中市  
小倉   川西市  
山内 8 神戸市  
5  
山内 10 八尾市  
花原   川西市  
山内 6 大屋町  
  大阪市  
花原   吹田市  

 


写真6 小倉屋敷石垣

写真7 小倉屋敷にて

写真8 小倉屋敷にて

写真9 小倉家墓地

写真10 屋敷跡の墓地

 

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