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◆小脇(こわき)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「網野」(昭和24.5)を使用したものである

所在:京丹後市丹後町小脇
地形図:丹後平/網野
形態:川沿いの斜面に家屋が集まる
離村の背景:豪雪など
標高:約100m
訪問:2010年8月

 

 (う)川の河口より南へ約4.5km、川の右岸にある。
 無人になった時期は比較的新しいが、集落には「小脇
公民館兼共同作業所」をはじめ数軒の人家が残るのみ。公民館の前には「小脇乃里由来碑」(平成5年建立)という新しい碑が建ち、集落の詳細な歴史を知ることができる(全文はこちら)。集落北側には虎杖小学校(校舎の看板では「杖」の右上に点が入る)の旧校舎が残り、現在は鞍内キャンプ場として利用されている。集落内で会ったかつての住民の話では、古くは13軒、覚えている範囲で8軒。
 話を伺ったあと、藪の中の墓地や春日(かすが)神社(所在は字茶園)(写真4)を案内していただいた。
 以下は町誌より学校の沿革。

 明治23  平(へい)尋常小学校分教場として発足し、分教場を鞍内に設置。三山・小脇・竹久僧・鞍内(くらうち)の児童を収容
 明治29  上宇川第二尋常小学校となる。三山・小脇・竹久僧で一学区を組織、鞍内は上宇川第一小学校区となった
 明治37  第二尋常小学校の組合は、鞍内・三山・竹久僧・小脇の四区で校地は小脇字板取33に定め(※)、同38年4月1日から新築校舎において授業を開始する
 明治40.3  虎杖(いたどり)尋常小学校と改称
 大正12.12  火災発生。水の便悪く全焼
 昭和13.4.1  上宇川尋常高等小学校の虎杖分教場となる
 昭和38.1  豪雪により校舎は倒壊寸前、各部落ごとに分散授業を行う
 昭和39.1  鉄筋二階校舎(現校舎)竣工
 昭和39.4.1  丹後町立虎杖小学校となる

※ 手持ちの道路地図や地図サイトでは、学校の位置は鞍内の所属になっている。境界の変更など詳しい経緯は不明

 なお大字小脇は近世の竹野郡小脇村。明治22年上宇川村の大字。明治21年16戸、昭和30年10戸54人、昭和50年1戸2人。明治40年虎杖小学校開校。大正13年全焼し、その後分教場として再建されたが、昭和39年倒壊、同年鉄筋校舎が再建され、虎杖小学校として独立した。同51年一部が大字となる。薪炭業に従事していたが、昭和38年の豪雪を機に人口が減少。春日神社がある(角川)。

 また町誌には、昭和38年の豪雪がきっかけとなって離村した集落のひとつに、小脇を挙げている。『ふるさと野間』によると大正9年電灯の導入。
 論文「丹後地方における廃村の多発現象と立地環境との関係」によると、明治初期13戸、昭和40年6戸、平成元年に無人化。

 


写真1 人家

写真2 消火栓?

写真3 碑

写真4 神社

 

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