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◆八溝山(やみぞさん)製炭集落

所在:大子町上野宮(うえのみや)
地形図:町付/塙 
離村の背景:産業の衰退
訪問:2009年8月

 

 町北部、八溝山と八溝川に挟まれた一帯。河川沿いに集落が作られた。
 
以下は資料より抜萃・要約したもの。


 昭和3年、大子営林署は、八溝山開発事業の一環として、国有林天然資源の活用を図るために殕石沢を中心とする林道等の開発事業に着手。昭和4年、池の平に事業所を設置、作業従事者25世帯入山、殕石沢を中心とする雑木林等の未利用林を炭材として利用し、「八溝官行製炭事業」を開始。昭和14年、殕石沢の炭材が不足。事業所は大久保沢へと移動したが、この時18世帯に減少。

 学校については以下の通り。従事者の世帯の移動に伴い分校も移転を繰り返していたため、のちに「かたつむり学校」と呼ばれた。

 昭和4  大子営林所長が材料置場を教室に改造、上野宮小学校殕石分教場設立。署員の中から適任者を選んで教えさせた。1教室と事務室が設けられ、児童は1年生から3年生までで男7名、女13
 昭和12  分教場は学校として正式に発足
 昭和14  大久保沢へ移転
 昭和19  腐沢に移転
 昭和22  上野宮小学校八溝分校となる。黒沢中学校八溝分校併置
 昭和31.3  八溝分校廃止。11名の児童・生徒は、黒沢小学校と黒沢中学校にそれぞれ編入、分校の校舎を大字町付(まちつけ)付近に移築改修してできた寄宿舎「若木寮」から通学


 殕石沢の下流には釣堀があり、せっかく話を伺ったが資料の内容と多く被ってしまった。各項目のコメントは、釣堀の方から伺ったもの。

 

 

≪大久保(おおくぼ)

アクセント:オークボ
形態:川沿いに家屋や施設が集まる
標高:

 

 大久保沢(写真1)に沿う 。沢に沿って多少の平地があるものの、往時を物語るものは見られなかった。上流には石仏があり、今でも鄭重に祀られている。

 


写真1 大久保沢


写真2 石仏

 

≪殕石(かぶれいし)

アクセント:カブレイシ
形態:川沿いに家屋や施設が集まる
標高:約550m

 

 殕石沢に沿う。下流には民家・釣堀・林業事業所があるが、製炭集落はここより上流になる。金山の跡も残っているそう。
 教えていただいた学校跡には、何かの家屋が残っている(写真3)。また谷には、後から作られたと思われるワサビ田?の跡が見られた(写真4)。

 


写真3 学校跡にて


写真4 ワサビ田?跡

 

≪腐沢(くされざわ)

アクセント:クサレザワ
形態:川沿いに家屋や施設が集まる
標高:450m付近?

 

 腐沢に沿う。「マナイタ」と呼ばれる場所に営林署の事務所があった(マナイタ沢との合流部?)。6歳のころにトラックに乗って行ったことがあるそうで、発電機や炭焼き小屋があった。分校の教員が、今も黒沢(くろさわ)小学校の近くで暮らしている。
 訪問時は、平坦地(写真5)を見つけたことでかなり手前で引き返してしまった。

 


写真5 平坦地(何かの跡?)

 

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