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◆又口(またぐち)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「尾鷲」(昭和23)を使用したものである

所在:尾鷲市南浦(みなみうら)(一部は上北山村白川(しらかわ)?)
地形図:高代山/尾鷲
形態:川沿いに家屋や施設が集まる
標高:約230m
訪問:2009年1月・2020年12月

 

 市の北西部、国道425号沿いにある。クチスボダムよりもさらに上流で、奈良県との県境にほど近い。
 柳(りゅう)ノ谷との合流部付近に「尾鷲市又口山林事務所」(写真1)、栗ノ木(くりのき)谷の付近に何かの跡(写真2)と「山神」を祀った小さな神社が見られた(写真3)。「山神」の石塔には弘化四年と刻まれ、「世話人」として3名の名が記されている。
 以下は市史より又口に関する記事を要約したもの。

明治30年ごろ、又口および竜の谷(柳の谷)において、土井家を中心に木材の伐採・運搬、植林が行われた。土井家の製材所も建設され、山林業従事者の集落も形成された
明治34年ごろ学校も造られた。名称は「土井工場附属教育場」または「又口土井私立教育場」(証言や卒業証書より)。現在の尾鷲市山林事務所(写真1か)の位置に校舎があった
学校では尋常小学校1年生から高等科2年生までの児童50〜80人程度が在籍していたが、大正6年ごろ土井製材所の事業終了に伴い閉鎖

 2020年再訪。前回は認識不足のため国道沿いのみであったが、今回は又口橋を渡り林道沿いを探索。橋を渡ってすぐに石垣や倒潰家屋が見られ、ある程度の建物が集まっていたことが窺える。奈良県との県境には神社が祀られ、現在でも管理が行われている(写真9)。
 柳ノ谷右岸は神社よりも上流は奈良県上北山村になるが、林道沿いには庚申塔、林道下でも建物の古い遺構が見られた。左岸側は概ね三重県となるが、県境はいくらか川筋から離れており、僅かな奈良県の土地には石垣が組まれている(写真15・16)。建物跡とは断定できず、何の土地であったかは不明。

 


写真1 山林事務所
(以下2004年撮影)

写真2 何かの跡

写真3 山神
(以下2020年撮影)

写真4 山神下、国道沿いの平坦地。ここも何かの跡か

写真5 山林事務所(写真1と同じ)

写真6 又口橋

写真7 建物跡の石垣

写真8 倒潰家屋

写真9 神社の祠

写真10 神社脇にて。何かを祀った跡?

写真11 境内の巨木

写真12 林道沿いの庚申塔(以下奈良県)

写真13 建物跡の遺構

写真14 橋の跡(右岸から撮影)

写真15 左岸の石垣

写真16 同

 

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