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◆大都(おおど/ウード)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「湯灣」(昭和28.12)を使用したものである

所在:宇検村宇検字大都
地形図:湯湾/湯湾
アクセント:オード
形態:山中に家屋が少数集まる
標高:約180m
訪問:2009年12月

 

 県道79号沿い、宇検村と大和村の境界付近にある
 宇検の方の話では、かつては2軒ではないかとのこと。自給自足の農業が主体の集落。転出先は久志(くし)・生勝(いけがち)。現在は農業支援の補助金を受け牛舎・牧草地として整備され、久志の方が管理している。
 現地は一見してかつての面影はないが、道路にほど近いの南側の山中で何かの廃屋(写真2)が見られる。付近には道や平地・石垣・茶碗のかけらが残り、ここに人の生活があったことを偲ばせる。
 なお『宇検部落郷土史』には以下のような記述がある。

集落の開祖は宇検の植氏といわれる。大都でサトウキビ栽培のために今里や徳之島から60人くらいが集まって集落が形成された
藩政末から明治初めにかけて砂糖作り、のち薪炭作りを行う
昭和初め頃は、芦検(あしけん)・久志・今里(いまざと)の人など14軒くらい
昭和10年には久志の人が1家族のみ
戦争直後は与論(よろん)の人が3世帯、宇検の人が1世帯
昭和28年までには全戸が移住し、その後は人が住むことはなかった

 


写真1 牧草地

写真2 廃屋にて

 

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