◆鬼姫生(きびゅう)
※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「横山」(昭和26.11)を使用したものである
所在:揖斐川町東杉原(ひがしすぎはら)
地形図:美濃広瀬/横山
形態:川沿いに家屋が集まる
離村の背景:ダム建設
標高:約180m(水面は約190m)
訪問:2009年5月
横山(よこやま)ダムの人造湖(奥いび(おく―)湖)に水没した集落。古い地図には揖斐川の左岸に5軒の建物と水田が見られる。戦後は製炭業・農業・養蚕業・漁業などを生業としていた。
人口の変遷は以下のとおり。
年 |
戸数・人口 |
元禄8(1695) |
8戸(男25・女25) |
天明7(1787) |
男17・女18 |
寛政8(1796) |
男16・女18 |
文化7(1810) |
男17・女15 |
文政2(1819) |
男18・女13 |
明治2(1869) |
7戸(男16・女16) |
また地名について村史には、「むかし女の鬼に成りたるがここより出でし故、里の名となりしよしいひ伝へたり」(新撰美濃志)との引用ある。
かつて集落があった場所の上に、集落内の墓を集めた墓地(最近の地図にも記号が見られる)と「水没の碑」(昭和38年7月、鬼姫生区住民建立)がある(写真)。以下はその全文。
われわれは祖先代々當鬼姫生の深山神社の氏子として又長福寺道場の門徒として、長い年月子孫相継いでこの地に生を享け幸福な生活を營んできた しかるにこのたび横山の地に國策による多目的ダムが建設されるに至りわが墳墓の地はダムの湖底に沈むことに なった。
遠つみおやの拓きたまいしふるさとを失うことは永久の痛恨事であるがわれわれは公共の福利のため涙をのんでこの地と袂別(※表記ママ)するかくごをした 祖先のみたまも照覽ありてわれわれとわれわれの子孫の幸福をまもらせたまわらんことを祀念する。
裏面には水没当時の世帯主の名が刻まれている。これによると高橋5・北島2・大窪2・神原・小森・細野各1の12軒。村史によると移転先・人口の変遷は以下のとおり。
移転先 |
家 |
池田町 |
大窪 |
岐阜市 |
北島・大窪 |
大垣市 |
北島・北島・高橋・高橋・小森 |
北方町 |
細野 |
名古屋市 |
高橋 |
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