< [田辺−水上−妹尾−高野菌類紀行] < [フィールドノート] < [南方熊楠資料研究会]

〔終章〕 高野山にて

2003.10.19-20

 高野山は、和歌山市出身の熊楠にとっては幼少時よりゆかりのあるところでした。ロンドン時代には、折からヨーロッパ留学中だった真言宗の学僧土宜法竜と親しく文通を始めており、その法竜が高野山金剛峰寺で真言宗高野派管長をしていた大正九年と十年の二度にわたって、熊楠は僧坊一乗院に滞在して菌類観察・採集を行っています。熊楠の菌類研究を野外に追った私たちの今回の調査も、ここ高野山を終点とすることになりました。

撮影者:[I] は岩崎、[M] は松居、[TY] は田村。

くさびらは 幾劫へたる 宿対ぞ −熊楠の眼下に

高野山一乗院 2003.10.19

[Photo: Participants under the eye of Kumagusu]

熊楠ゆかりの一乗院では、二度目の高野山滞在(大正十年十一月)の際のものだという、熊楠肖像水墨画を床の間に用意していただき、誠に眼福を得ました。これは、その時同行した楠本秀男(竜仙)の筆になるもので(落款あり)、くさびら(キノコ)を睨め付ける熊楠肖像に熊楠が一句詠んで画題としているものです。夕食の際に、宿坊のお坊さまに写真まで撮っていただきました。ありがたいことです。後列左から松居、岩崎、萩原、田村、小池、田中、前列安田。この熊楠肖像については、楠本「高野のひと月」(『南方熊楠百話』p190)を参照。またこの際の句については『南方熊楠全集』第四巻口絵の熊楠自画像も参照(こちらは小畔四郎に贈られたハガキ、大正十年十一月三日)。

[Photo: Frontal view of Ichijoin] [Photo: Buddhist vegetarian dinner at Ichijoin] [Photo: Cheering participants]

一乗院正面[M]と「角の間」での夕餉二葉[I]。これですっかりくつろいだのもつかの間、部屋では熊楠菌類図譜および熊楠旧蔵資料データベースの設計について夜更けまで激論を闘わせることになりました。

高野山の杉の巨木

高野山奥の院への参道 2003.10.20

[Photo: Huge cedars in Koya]

 高野山境内の杉は天然のものではありませんが、長い年月の間に文字通り年輪を重ね、泰然として威厳を備えています。それは、この霊山の荘厳な雰囲気を支えるものですが、小幅の写真では、人影と並んで写っていてもその圧倒的な存在感は伝え切れません。

時をかけた少年たち −熊楠に倣ひて

高野山大門前 2003.10.20

[Photo: Participants mimicking Kumagusu 1] [Photo: Kumagusu and friends in front of Daimon gate]

熊楠先生がアゴを突き出して傲然と宙を見据えています。実はこの写真、撮影したときには中よりの二人の立ち位置が間違っていました。[I] Image retouched by: Iwasaki Masashi.

本物の方 [田辺市蔵] は、大正九年八月、同じ大門前にて(『南方熊楠全集』第四巻口絵を参照)。最初の高野山菌類採集の際のもので、左から川島草堂、熊楠、小畔四郎、宇野確雄。撮影者は坂口総一郎か。坂口「高野登山随行記」(『南方熊楠百話』p181)を参照。

この第一次高野山滞在中の熊楠の作:
心なき身にも豆腐は飽かれけり高野の山の秋の夕飯
(大正九年八月二十五日、雑賀貞次郎『追憶の南方先生』p100;159 に掲載)

幼少時、高野に吉祥天女像、女人観音像などがあふれているのを見てと自ら称する作:
心なき身にもしたさは知られけり高野で行に秋の夕暮れ
(土宜法竜宛書簡明治三十六年七月十八日付、『南方熊楠全集』第七巻 p345)

[Photo: Participants mimicking Kumagusu 2] [Photo: Kumagusu and friends departing for collecting specimens]

採集道具を担がせた匿名希望の眷属二人を引き連れて、熊楠先生いづこへ…。[TY] Image retouched by: Iwasaki Masashi.

本物の方 [田辺市蔵] は、那智滞在時代の明治三十五年十月九日、二月ほど生物採集の場を田辺に移した際に、採集活動を記念して田辺の池田写真館で特に撮らせたもの。後ろは浜本熊五郎(天秤棒)と多屋勝四郎(胴乱)。同日付熊楠日記(『南方熊楠日記』第2巻 p284、挿図もあり)を参照。

[Photo: A view of Daimon gate 1] [Photo: A view of Daimon gate 2]

この大門も、カメラを引いてみれば聳えるよう。人間など芥子粒です。[TY]

[Photo: A view of Hatenashi yama behind Daimon gate]

振り返るとそこは、はてなし山のつきることない山並みでした。[TY]


[前へ] <p> [2003.10 菌類紀行目次へ] <b>