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和歌山県西牟婁郡中辺路町水上 2003.10.19
熊楠の住んだ田辺からは北東にあたる中辺路町に、熊楠も明治四十一年以来生物観察・採集に足を運んだ水上自然林(多屋学術林、私有地)があります(熊楠当時は栗栖川村水上)。ここは今でも、人間の手が加わらない南紀の照葉樹林のありようをうかがわせてくれる数少ない場所の一つです。メンバーが「熊楠ゆかりの自然林で粘菌とキノコの観察をしよう!」と朝から訪れると、偶然にも当研究会生物班の後藤岳志さんとお二人のご子息に行き会いました。奇遇のようですが、照葉樹林らしい生物多様性を実見できる場所が現在いかに限られてしまっているかを象徴する出来事でもあります。
撮影者:[G] は後藤、[I] は岩崎、[M] は松居、[TN] は田中、[TY] は田村。種名は、仮のものを含みます。
今回の調査参加者〔画面右に岩崎(いわさき)、中央上から松居(まつい)、萩原(はぎわら)、安田(やすだ)、手前田中(たなか)〕+後藤さん(左端、杖)が、思い思いに沢を探っているところ。今回は、種名を初めとして多くのことを萩原・後藤両先生に教えていただきました。[TY]
上から見たところ〔手前田村(たむら)、中列左から萩原(はぎわら)、田中(たなか)、岩崎(いわさき)、奥に安田(やすだ)〕。[M]
同じくホソエノヌカホコリか。[TY]
類似の変形菌らしいが、種名など不詳。[I]
大きく展開したケホコリ Trichia sp. の一種。あるいはヒョウタンケホコリ T. favoginea var. persimilis か。[M]
大物を発見したので、その場でただちに、採集した変形菌を手早く標本箱におさめる実演が萩原先生によって行われました。肩に提げたトートバッグから標本作製キットを手早く取り出すと、ベルトに下げていた折り畳みナイフを使って菌が展開している倒木の樹皮を大胆に切り出し、木工用ボンドで紙箱に貼り付けます。萩原先生の右腰に、ナイフを吊す金具が見えている。首の赤いひもにはルーペが。[TY]
キットボックス式の標本箱に変形菌を樹皮ごと貼り付けたところ。左に重ねられているのは未使用のキットボックス。素早い手の動きにカメラがついていけません。ゴッドハンドと呼んでもいいですか。[TY]
なお、萩原先生がルーペで観察したところ、この菌は「一部不完全菌が寄生」していたようです。特定の菌叢の上でだけ繁殖する菌類がいることなど、興味深いお話も併せてうかがいました。
ケホコリの上に生じた寄生不完全菌。粒状の子実体の表面に角のような形の不完全菌の分生子柄束が見える(下はその部分を拡大したもの)。[G]
みなの羨望を集めた、萩原先生のサイン。田中さんが持ち込んだ『日本変形菌類図鑑』の裏表紙見返しに書いていただいたもの。
ニガクリタケ Naematoloma fasciculare の群生、接写 [M] と発生の状況 [TN]。
撮影者(田中)のコメント:萩原先生が「食べてみて、苦いから」とおっしゃるので少しかんでみるとなるほど苦い。後から本で調べると、
「食後数十分から三時間ほどで腹痛、嘔吐、悪寒、下痢などが起こり、ひどい場合は脱水、アシドーシス、痙攣、ショックなどを経て死亡する」(『日本の毒きのこ』より)
とありました・・・・。萩原先生、知ってて食べさせたんですね。
きれいなコガネムシ(オオセンチコガネ Geotrupides auratus の類、熊楠のいうセンチ虫か)を、この日はここでも、西ノ河原生林でも見つけました。この甲虫は哺乳類の糞を餌とするので、人間にも向こうから寄ってくるようです。[TY]
森林を歩いていると汗の臭いをかぎつけて飛んで来る。(...) この虫がいるのはその森林に大きな動物が多いからである。(くまの文庫5『熊野中辺路 大塔山系の自然』p 90)
ミカエリソウ Leucosceptrum stellipilum。思わず振り返ってみる美しさが和名の由来といい、ラテン語学名も「星の毛を持つ、輝く王笏」だが、「そこまできれいとも思わないんですが」(後藤さん談)。[TY]
アケボノソウ Swertia bimaculata にハチが降りたところ(左側写真の中央)[TY]と、アケボノソウの花の接写(右側)[M]。
むくむくと湧き立つように、無数の生命が共生する南紀の自然林。[TY]