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南方邸に保存されていたアメリカ産高等植物標本

[2003. 7.24]

 南方邸の蔵には、熊楠が渡米以来最晩年に至るまで続けていた動植物採集の成果である、各種標本と図譜が24缶のブリキ箱に保存されていました。熊楠旧蔵の生物学関係資料のうち、キノコ類標本と図譜は、令嬢の南方文枝さんによって国立科学博物館に寄贈されており、同館植物研究部において現在も調査が続けられています。他方これら邸に遺された生物資料の中には、昆虫及び高等植物を中心とした標本類や図譜が含まれています。これらは、当研究会による邸所蔵品調査が始まった平成初年以前には、調査されたことがほとんどなかったようです。

 当研究会生物班は現在、国内採集分の調査を先行させて、作業を進行中です。こうした標本や図譜の全体量は膨大なもので、その全貌が明らかになるには今少し時間を要します。しかしながら、その中には、熊楠の植物研究の最初期にあたる、米ミシガン州アナーバーで採集、作成された高等植物標本も含まれていることがすでに確認されています。北米大陸を放浪し、英国長期滞在を経て帰国した熊楠が、終生身近においていたとおぼしきこれら標本の中には、ほぼ理想的な状態に作成され、よい状態を現在も保っているものが多数ありました。このページでは、それらのうちのいくつかを、写真でご紹介します。

写真撮影:土永浩史

アメリカマコモ

Zizania aquatica L.

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[Photo: specimen of zizania aquatica] [Photo: signature of the specimen]

 台紙に貼付された標本全体と、その左下部分の採集地・日付部分の拡大写真。採集記録部分は、

Aug. 11, 2550
Ann Arbor, Michigan
(In the river)
K. Minakata, collection

と書かれている。1887年の渡米後ある時期まで、熊楠は所蔵品の署名などの英語書き入れには好んで皇紀を使っており、これもサンフランシスコを発ってミシガン州に居を移してからちょうど3年後の西暦1890(皇紀2550)年8月11日のものである。その右、最下段中央には、"Zizania aquatica, L. japonice: Makomo" と記されており、後半は「和名マコモ」の意か。右端には、漢字で「禾本科」(=イネ科)とある。同日付の日記(八坂書房刊『南方熊楠日記』第一巻 p 255)には、この標本に対応する採集記録がある。なお、今日の分類では、Z. aquatica は和名アメリカマコモ(英名 wild-rice、野生種で実が食用となる)であり、日本のマコモは Z.latifolia Turcz.。左辺の長文の英文は、末尾に "Cat., p.94" とあり、目録などの参考図書からの抜き書きと思われる。

* 2004. 3.31 付記:南方邸の熊楠旧蔵書中にある Charles Wheeler and Erwin Smith, Catalogue of the phaenogamous and vascular cryptogamous plants of Michigan, indigenous, naturalized and adventive. Lansing, 1881 の p.94 に、この標本と対応する Zizania aquatica の名前もあり、インクで×印が附されている。

シプリペディウム(シプリペジウム、アツモリソウの仲間)

Cypripedium parviflorum Salisb.

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[Photo: specimen of cypripedium parviflorum]

 アツモリソウ、クマガイソウ等を含む、ラン科シプリペディウム属の一種。熊楠の採集記録部分は、

May 20th, 2549,
Ann Arbor, Michigan
 (Bog)
K. Minakata's col.

で、1889年5月20日付の日記(『南方熊楠日記』第一巻 p 206)の記事と対応している。また、英文メモの末尾には、"Wheeler & Smith's Cat., p. 81." とある。

* 2003. 9.16 付記:南方邸の熊楠旧蔵書中には、Charles Wheeler and Erwin Smith, Catalogue of the phaenogamous and vascular cryptogamous plants of Michigan, indigenous, naturalized and adventive. Lansing, 1881 が今もあります。次回邸調査の際に、上記アメリカマコモの記述と併せ、確認したいと思います。

* 2004. 3.31 付記:同書 p. 81 には本種の名前があり、インクで×印が附されている。同書には、多数のチェック印と少数の×印があり、熊楠が、観察・採集または標本作製をした種の記録をつけていた可能性がある。

エンレイソウの仲間

Trillium

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[Photo: specimen of trillium]

 エンレイソウ(ユリ科)の類。この仲間に特徴的な、三枚輪生・菱状円形で柄のない葉を持つ標本に加え、萼片を三枚持つ赤紫の小さな花の外観が解剖図とともに台紙に描かれている。最下段中ほどには、なぜか属名 Trillium だけが記されており、その左には、

May 14th, 2549
Ann Arbor, Michigan
  (Woods)
K. Minakata, col.

とある。この例のように、熊楠の書く算用数字の 7 と 9 は判別が難しいことがしばしばあるが、上記日付の日記(『南方熊楠日記』第一巻 p 205)にも Trillium erectum 及び同 var. album の二種の名前が他の高等植物とともに挙げられている。T. erectum L. は、この図のような赤系統の花を特徴とし、ここに名前のある両者のうちどちらかがこの標本に対応する可能性は高い。ちなみに、翌週の5月20日(上記 Cypripedium parviflorum と同じ日)にも Trillium erectum var. declinatum を採集している他、二週間後の5月28日には、同属で白い花がかれんな Trillium grandiflorum を採集した旨記録し、この種に「亜米利加菩提樹」の名を与えている。 (なお、今日アメリカボダイジュと呼ばれることがあるシナノキの仲間の樹木はこれとは別のもの)

タラノキの仲間 Wild sarsaparilla

Aralia nudicaulis L.

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[Photo: specimen of aralia nudicaulis]

 北米で広く根、葉、実を食品に用いるウコギ科タラノキ属の有用野生植物。熊楠は、種名をラテン語学名及びアメリカ名で

Aralia nudicaulis, L.
Americ[e]: Wild Sarsaparilla.

と記している。標本台紙右上方に漢字で「百廿三」と番号が付されている。1889年から1890年にかけて、熊楠は頻繁に植物採集を行っており、この時期の日記を見ると時折自分の作成した標本の分類群別の集計を記載している。この標本の数字も、そうした際に付された番号であろう。なお、日記では、1889年6月1日に本種の採集が記録されている。

マツガサギク

Liatris scariosa Willd.

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[Photo: specimen of liatris scariosa]

 キク科リアトリス(ユリアザミ)属の多年草、和名を種小名からスカリオサまたはマツガサギク(マツカサギク)という種。写真の外の部分に

K.Minakata col, Ann Arbor Michigan (copses), 2549, August 23rd

と書き入れがあり、西暦1889年8月23日のものと分かる。また、「百四拾六」の番号が付されている。標本、図譜の発色とも保存状態は良好。乾燥標本では花の変色が避けられないため、この例のように図によって色を記録することになる。

 熊楠の遺した高等植物標本についての詳細は、

などをご参照下さい。

 昆虫標本を含めた本研究会生物班による調査概要の中間報告 (1997. 4) も本サイトでご覧いただけます。

* 2003.10. 8 追記: これらの標本を含む南方邸生物資料の調査の際の写真を掲載しました。


このページに掲載された資料は、田辺市が所有しています。如何なる形でも、田辺市の了承なしに図版を再利用することはできません。

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