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○これまでの南方邸所蔵標本の調査について:

 1996年9月より1997年3月までに計10回、顕花植物を中心に整理(後藤伸・岳志、土永浩史・知子、橋爪博幸、安田忠典)。1997年4月現在約半分を終え、後藤伸より本中間報告が提出された。

南方熊楠関係の植物および昆虫の標本について

後藤 伸

 植物標本を一見したところ、一部に現地で購入したと考えられる北アメリカ産標本や知人に依頼して採集させた日本産高山植物などはあるが、大部分は紀伊半島南部で熊楠自身の採集品である。これらの標本を克明に調べて分類し、後日それぞれ専門分野の研究者の同定を受けられるように整理することが、今回の作業の目的である。しかし、なにしろ多量であり、データが日記などに別記されているのが多く、過去一年間で約半数を消化したに過ぎない。おそらく今後少なくとも一年間は要するであろう。しかし、下記に示すように、未発表のまま一世紀も秘蔵されたままの標本も多く、判明した部分から順次に、関係学会を通じて公表する必要があると考える。

[植物搾葉標本の特色]

  1.  花か実のいずれかのある《完全な標本》が大多数である。

  2.  作成した同一種標本の個体数が多く、多いものは一種で50点を超すものも少なくなかった。

  3.  標本の作成時は完全品であったと思われるが、完成後の管理が悪かったためか破損標本や "虫食い標本" が多く、標本としての学術的価値の低いものも多々あるが、少なくとも、紀伊半島南部一帯の約一世紀前の自然環境を理解する上では、極めて重要な資料であるといえる。

     また、これらの植物標本の中には、現在では見ることの出来ない絶滅種や絶滅危惧種が多数含まれている。その上、採集地点が今ではすっかり変貌している場合が多く、地形まで変わって消滅している例も少なくない。したがって、過去の開発による変遷を知る上でも貴重な資料ということが出来る。

  4.  熊楠の採集した維管束植物(シダ植物以上の高等植物)の大半は、宇井縫蔵著の『紀州植物誌』に記録されているが、今回の調査の結果、未記録のまま放置されてきたものも少なくないことが判明してきた。本調査によって当時紀伊半島南部で発見された蘇速紀系の植物などの研究史などにも触れて詳細な経緯が判明してくると推察される。

  5.  晩年の熊楠に指導を受けて収集された標本は、北島修一郎の手によって完全な形で、記念館に保管されている。この標本についても過去に全く記録されていない。この中にも現在では野外で見ることのできない種が多数あり、早急に調査し記録する必要があると思われる。

[昆虫標本の特色]

 熊楠はフロリダ・キューバ時代(一八九○年前後)と那智山時代(一九○一〜三年)には、昆虫採集にも熱中している。その昆虫標本の大多数は、破損したり虫に食われたりして廃棄したらしいが、それでも那智山産を中心に標本箱七個が残されていた。その半数以上はラベルと針だけになっていたが、わずかに残っていた脚や翅の破片などから、その正体(種名・属名・科名など)を推定することができた。その結果、熊楠の昆虫標本には下記のような特色を持つ、極めて注目すべき事実が判明した。

  1.  照葉樹林帯における昆虫の採集は極めて困難であったにもかかわらず、その大部分は照葉樹林内に生息する森林性昆虫で占められている。

  2.  採集対象が広く、原尾目や双尾目など原始的な昆虫群から鞘翅目や鱗翅目・膜翅目などの昆虫まで、ほとんどすべての科にわたっている。

  3.  当時、日本では入手困難であったと考えられる高級昆虫針や微針までを使用した、専門的で高度な標本を作成していた。

  4.  夜間に灯火に飛来した種も多く含まれている点から考えて、後日、那智山を模式産地として多く発見された、蛾類研究の糸口となったことがうかがえる。

  5.  採集した種から推察して、当時の日本では未知であった各種のトラップ設定による採集を試みている。

 筆者は若い研究者達 * と、現在のところ、月二回のペースでこれらの標本を精査しながら、克明に記録された日記や手紙類とを照合しながら検討し整理作業を進めている。この中から、当時熊楠が日本のみならず世界の動きを考えながら、孤独に耐えて照葉樹林の生命活動を調べ続けた姿を重い浮かべたいと考えている。

*  土永浩史(田辺商業高校教諭)、土永知子(田辺高校教諭)、後藤岳志(熊野高校教諭)

本報告執筆者の後藤伸先生は、平成15年1月27日に逝去されました。つつしんでご冥福をお祈り致します。

訃報:後藤伸先生 (1929-2003)

2003. 8.19 追記: 関連記事として、南方邸に残されたアメリカ産高等植物標本が掲載されています。


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