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◇兵生(ひょうぜい/ヒョーゼ)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「龍神」(昭和28.7)および同「栗栖川」(昭和28.6)を使用したものである

 

 町の中北部、富田(とんだ)川の最上流にあたる地区。小さな集落が、富田川沿いに点々と見られる。
 近世の牟婁郡兵生村。明治22年二川(ふたがわ)村(のち中辺路町)の大字となる。昭和49年4月、町による集落再編成事業で全戸が転出、町内高原(たかはら)字川合(かわい)の朝来平(あそだいら)に移住(現在、川合は大字として独立。現・田辺市中辺路町川合)。
 高串張安・小串(こぐし)・宮代山(みやしろやま)・横尾・安堵(あんど)・坂泰山(さかたいやま)寺野・垣内・西小串・石里(いしざと) の11字。
 以下は「町史」より世帯数と人口。

宝暦10年 38戸、158人
安永2年 38戸、人数人
安政6年 35戸、150人
明治6年 30戸、男88人、女74人
明治24年 29戸、男108人、女86人
昭和30年 45戸、206人
昭和49年 26戸、75人

 

≪春日神社の航空写真・地名と解説≫

 


小屋と航空写真

 大字内には「春日(かすが)神社」という神社があり、敷地内の小屋にはかつての兵生を写した航空写真が掲げられている。これには地名が書かれたシールが貼られており、地形図に記載のないものや集落名以外のものもある。ここではこれらについて補説する。(順番は南より。表記はママ)

 

◆石里(いしざと)

 大字福定(ふくさだ)から兵生に入って最初の地区。人家はない。小字に「石里」がある。

張安

西小串

◆上谷(うえだに)

 西小串の少し北にある。道沿いに1軒の民家があった。西小串の外れといった感じ。

◆小串垣内(こぐし かいと)

 和久保の対岸にあたる。「カイト」とは現在でいう小字にあたる。付近の市町村内には「垣内」のつく地名が多い。

和久保

 上小串・下小串の総称。レポート参照。

◆宮代(みやしろ)

 富田(とんだ)川の支流・宮代谷の辺り。

◆宮代垣内(みやしろ かいと)

 宮代のうち、民家のある一帯。「宮代」のレポート参照。「カイト」とはほぼ現在でいう小字にあたる。

向平

地下

宮瀬

寺野

◆野川原(のがわら)

 富田川と坂泰谷の合流点で、富田川左岸、林道沿い。緩やかな斜面になっている。単なる地名。

◆土場(どば)

 富田川と坂泰谷の合流点で、坂泰谷を少し遡った辺り。商店の跡(写真1)が1箇所残り、山への入口には鳥居もある(写真2)。大泰から山を下るとこの場所に着き、山仕事の拠点だったと思われる。林業の「土場」のことだろう。坂泰のレポートも参照。

◆大泰(おおたい)

 富田川の支流・太泰谷の辺り。地形図では「太泰」。谷沿いの道を終点まで歩いたが、建物などはない。登りきると道幅があり意外に歩きやすい。石垣も築かれている。林業が盛んなころは、山仕事の人々が多く行き来していたのだろう。

坂泰

 

 

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