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谷中村

 

 渡良瀬(わたらせ)川・巴波(うずま)川・思(おもい)川の合流部付近、現在の渡良瀬(わたらせ)遊水地にあった行政村(下都賀郡)。現在の栃木市藤岡町内野、および下宮に当たる。栃木県の最南端でもあり、南は茨城・埼玉、西は群馬に接している。洪水の被害と鉱毒の顕在化、さらに遊水地化の計画により、明治39年に強制的に廃止され、藤岡町【現・栃木市】に併合された。
 以下、主に町史や藤岡歴史民俗資料館の展示およびパンフレットを参考に概要を記す。


・成立
 まず江戸時代において、横堤(よこづつみ)村・鎌立(かまたて)村・赤渋(あかしぶ)村・篠山(しのやま)村・西高沙(西高砂)(にしたかすな)村・高沙(高砂)(たかすな)村・恵下野村・下宮村の8箇村が成立していた(下宮郷8箇村)。このうち赤渋村は江戸時代末期に住民がいなくなったため、周囲の村に包含、7箇村となる。
 明治9年4月(※1)には横堤・鎌立・篠山・西高沙・高沙の5箇村が合併し内野村が成立。

 明治22年4月1日、内野・恵下野・下宮の3箇村が合併し谷中村となった。
 明治39年7月1日、藤岡町に合併し廃止。

※1 ただし資料館の展示では明治7年とある

・産業
 近世においては米や大豆を中心とした農業が行われていたよう。農閑期には男女とも菅笠を編み、生計を立てていた。
 また「角川日本地名大辞典」の記述からは、明治期には農業に加え養蚕も主な生業であったことが窺える。主な農産物は米・麦・大豆等。さらに刊行当時(昭和50年代)の下宮内野も農業が行われており、副業としてヨシズの生産も行われていたとのこと。

・教育
 以下は村内にあった小学校の変遷と児童数の推移。

(変遷)
  下宮 内野 恵下野
明治7 明幹舎(5月27日設立)(※2) 明幹舎弐番分校(4月25日設立) 明幹舎壱番分校(2月7日設立)
明治7 下宮学校(3月)(※2) (明恵舎に統合) 明恵舎(5月)(※3)
明治20 藤岡尋常小学校第一分教室 藤岡尋常小学校第三分教室  藤岡尋常小学校第二分教室
明治22.4 下宮簡易小学校 (下宮簡易小学校に統合) (下宮簡易小学校に統合)
明治23 谷中簡易小学校    
明治23 谷中尋常小学校    
明治28 谷中尋常小学校内野分校 谷中尋常小学校恵下野分校
明治33 谷中第一尋常小学校 谷中第二尋常小学校 谷中第三尋常小学校 
明治39 下宮尋常小学校(6月) 廃校(3月)。谷中第一尋常小学校に統合  廃校(3月)。谷中第一尋常小学校に統合
大正2.3 廃校    

※2 前身の明幹舎と後身の下宮学校の時期が逆転しており疑問が持たれるが、本文でも「明恵舎・下宮学校の開業年など検討すべき点も多い」としている
※3 変遷を記した表では3月となっているが、本文では「恵下野村字堤塘に同七年五月のに設立され…」と記されている。弐番分校の設立時と時期が逆転し矛盾が生じるため、本文の記載に依った

 (児童数〔男/女〕)
  明治22 明治23 明治25 明治26 明治27 明治28 明治29 明治30 明治32 明治33 明治38 明治40 明治41 明治43

下宮

81/5 76/7 79/16 84/13 90/14 35/5 31/15 41/18 44/15 61/27 54/33 14/9 22/12 20/15
内野           25/2 34/9 38/8 42/3 44/10 30/10      
恵下野          22/5 28/5 21/9 19/8 23/20 21/7      
合計 86 83 95 97 104 94 122 135 131 185 155 23 34 35

※4 就学免除・就学猶予とされ未就学の児童が多かったため(特に女子)、実質的な学齢児童の数を示しているものではないことに注意


・鉱毒被害および廃村から移住の流れ
 明治10年代、上流の足尾銅山では有望な鉱脈が発見され、盛んな操業が行われるようになる。足尾周辺では鉱毒や煙による被害が早くから確認されていたが、渡良瀬川流域では明治10年代後半から兆候が見られるようになる。
明治23年8月の渡良瀬川の大洪水により、農地や飲料水の汚染といった鉱毒の被害が顕在化。特に谷中村は渡良瀬川の逆流被害を最初に受けるため、影響は甚大であった。
 明治24年6月、県は被害調査のため5箇所の鉱毒被害地試験所を設置。うち1箇所が下宮に設けられる。同年、田中正造(※5)が足尾鉱毒事件についての質問書を提出。
 明治29年、2度の大洪水が起こり被害が激化。鉱毒被害地の免租が申請されるも認可に至らず。同年10月、田中正造は鉱毒被害請願事務所を設置。
 明治30年、
第一次鉱毒調査委員会が設けらる。5月には鉱毒予防工事命令が下されたほか、免租も具体化。
 明治34年10月、田中正造は議員を辞職。同年12月、事件を天皇に直訴。
 明治35年3月、桂太郎内閣により第二次鉱毒調査委員会が設けられる。翌年3月、委員会が政府に「足尾銅山に関する調査報告書」を提出。この中に遊水地を設ける案が出された。同じ頃、被害地からの鉱業停止請願が活発化。谷中村村長ほかの連名で、桂総理大臣に鉱業停止と被害地の回復が請願された。
 明治36年6月、帝国議会で谷中村の遊水地化案決議。
 明治37年7月30日、田中正造が谷中に移住。以後、村民と団結し廃村・遊水地化の反対運動を続けることとなる。同年12月、県議会おいて谷中村の買収案が可決。翌38年1月より、県と政府は遊水地化計画と土地買収を進める
。同年3月、知事より村民に出された告諭において住民を移住させる方針が示される。同年7月、県は測量のため谷中村立入を通告。11月より買収開始。買収に反対する住民には様々な手段により圧力がかけられることとなる。
 明治39年4、県知事は谷中村に対し藤岡町との合併案を諮問。村議会はこれを拒否するが、同年5月、知事は合併を告示(この時点で約140戸)。同年7月1日、谷中村が廃され藤岡町に合併。買収に応じない住民に対する圧力はますます強まり、多くの者が離散。しかしなお堤内に20戸、
堤外に50余戸が残留(明治40年2月)。
 明治40年1月、政府は元谷中村に土地買収法の適用を認定する公告を出し、村域の強制買収に取りかかる。残留住民は田中正造とともに谷中村復活の運動を続けるも、同年6月29日には県による家屋の強制破壊が行われる。まず内野の堤内16戸と恵下野の堤外3戸が対象となり、これらは7月5日までにすべて打ち壊された。住民はなおも仮小屋を建てて抵抗を続ける。
 明治41年、政府は住民の立ち退きを推し進めるために元谷中村に河川法を適用(小屋掛けも耕作も許可が必要となった)。
 明治42年、政府は渡良瀬川改修工事計画を発表。翌年、帝国議会にて可決。この計画に伴う土地買収(明治44-45年)により、さらに多くの人々が移住した。
 大正2年、田中正造73歳で死去。
 大正4年11月、内務省と県は元谷中村の堤外にも土地収用法を適用。また県は堤内の仮小屋の残留住民に立ち退きを要求。翌6年1月には、残留18戸が県知事と移住の覚書を交換。県の用意した土地へ移住し、これをもって全戸の移住が終了した。同年2月25日、「田中翁墳墓移転奉告祭・残留民移転訣別式」挙行。
 大正8年、県の買収価格の約5割増しという形で土地収用問題は決着。

※5 田中 正造(たなか・しょうぞう)は、現在の佐野市出身の政治家。衆議院議員時代に行った鉱毒被害の調査・質問書の提出を発端とし、以来生涯に亘り鉱毒事件の解決と被害者の救済に尽力した


・移転先
 資料館の展示(典拠は「谷中村民移転表」)によると、明治42年4月現在の移転先は以下のとおり

  市町村 戸数 当時の市町村別内訳 備考
栃木  藤岡町【現・栃木市】 62 藤岡町51(※6)
赤麻村4
三鴨村4
部屋村3
 
野木町 63 野木村63  
南那須町【現・那須烏山市】 18 下江川村18 県による斡旋
喜連川町【現・さくら市】 11 上江川村11 県による斡旋
小山市 9 生井村7
小山町2
 
大田原市 8 金田村8 県による斡旋
壬生町 7 犬飼村7 県による斡旋
塩原町【現・那須塩原市】 5 箒根村5 県による斡旋
那須町 4 那須村4 県による斡旋
岩舟町【現・栃木市】 3 静和村3
大平町【現・栃木市】 2 水代村1
瑞穂村1
 
佐野市 2 佐野町1
植野村1
 
栃木市 2 栃木町2  
足利市 1 御厨村1  
茨城 古河市 89 古河町80
新郷村7
勝鹿村2
 
下妻市 1 上妻村1  
群馬 板倉町 32 海老瀬村29
西谷田村3
 
埼玉 北川辺町【現・加須市】 15 川辺村11
利島村4
 
東京 区部 8 東京市深川区4
東京市神田区1
東京市日本橋区1
亀戸村1(当時千葉県)
吾嬬村1(当時千葉県)
 
北海道  深川市 1 一已村1  

新潟

上越市 1 津有村1  
合計   344    

※6 ただし町史では74戸

・移転者
 内野地内にある「旧谷中村合同慰霊碑」によると、移転世帯の姓と戸数は以下のとおり。

茂呂36・木村15・大野14・宮内14・高田13・新井11・加藤11・川島11・針谷11・松本11・鈴木10・染宮10・田中10・岩波8・神原8・渡辺8・秋山7・落合7・間明田7・今成6・早乙女6・水野6・大島5・北村5・栗原5・清水5・関口5・台5・中田5・橋本5・野口5・内田4・川嶋4・川鍋4・佐山4・篠崎4・寺田4・羽兼4・長谷川4・古沢4・古澤4・峯岸4・綾部3・岡部3・亀田3・神田3・熊倉3・小久保3・小島3・狐塚3・竹沢3・鶴見3・平野3・宮崎3・井樽2・今泉2・榎本2・大出2・岡島2・小木2・尾花2・神山2・木戸2・島田2・戸崎2・松崎2・山野井2・山中2、ほか池沢・石島・岩下・江原・海老島・大嶋・岡山・小澤・小野田・梶田・坂才・佐々木・須藤・須永・関塚・関根・芹澤・園部・中里・中島・長久保・長野・新嶋・沼尻・野中・萩原・林・比本・藤岡・保土塚・増月・松井・水戸部・本島・山田・横関・横山・吉井・吉場が各1。

 

 

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