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大淵岱(おおぶちたい)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「太良鑛山」(昭和22.1)を使用したものである

所在:大館市岩瀬(いわせ)字大川目元渡(おおかわめもとわたり)
地形図:越山
/田代岳
形態:川沿いに家屋が集まる
離村の背景:ダム建設
標高:約170m(水面は約190m)
訪問:2016年5月

 

 大字岩瀬の西部、岩瀬川沿いにある。現在は山瀬ダムの湛水に伴い水没。
 資料『戦後開拓のあゆみ』によると、戦後の最盛期は30戸超。昭和57年から58年にかけて、山瀬ダム建設により当時の22戸が転出したとのこと。転出先は岩瀬の上軽石野(かみかるいしの)(山瀬小学校付近)が15戸で最多。
 町史によると、伐木造林等の事業のため開発された集落であったよう。明治43年にトロッコ軌道が開通した頃は原野であったが、大正7年当時で1365人が居住している。奥へ延びる軌道の分岐点であることや
赤倉鉱山への中継地であったため、奥地開発の拠点にもなっていた。また営林署の事務所が置かれていた。昭和41年当地までバス路線が開通。離村時の戸数は21戸、うち17戸が上軽石野への転出とある。また「大淵岱追加」と称される開拓集落が当地に近くに開かれ、昭和264戸が入植したが、昭和43年に離農している。
 現地は堰堤のすぐ北側のため、痕跡は皆無。

 


写真1 堰堤

写真2 集落付近


写真3 
内町沢繋沢への道標

 

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