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◆角立(つのだて)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「西條」(昭和23.3)および同地形図「石鎚山」(昭和22.3)を使用したものである

所在:西条市丹原町明河(みょうが)字角立
地形図:石鎚山/石鎚山
形態:山中に2つの家屋群がある
標高:奥―約300m 下―約200〜250m
訪問:2008年8月・2018年1月・2018年12月

 

 志河(しこ)川左岸の斜面にある。
 在住の方の話では、細かく分けて奥角立(おく―)と下角立(しも―)に分かれ、かつては併せて12、3軒の家があった。この方が知る範囲では、奥には2軒、下には5軒だったという。
 
神部バス停付近より延びる林道沿いにあるのが奥、林道途中にある山道に入り、下って行ったところが下。下角立には数軒の廃屋が残っていた。
 なお志河川流域のほとんどはは大字楠窪(くすくぼ) となるが、角立は明河の所属となる。

 2018年1月奥角立を再訪。前回は在住であった家屋も現在は常住ではなくなったようだが、農地は引き続き通い耕作が行われているよう。また少し離れた西側で屋敷跡1箇所と墓地を新たに確認。墓地は佐伯家。下角立は失念していたため未訪問。
 2018年12月下角立を再訪。道すがら石仏と小祠・墓地があり、現地では2、3箇所の屋敷跡と比較的新しい管理家屋が見られた。この家屋のそばには、渡部家の墓地(写真17)がある。

 資料『桜樹村の足跡』では「消えようとする部落」として記載され、往時は15戸、刊行時(昭和60年)では2戸となっている。記述内容から、写真7は一石三尊六地蔵、写真8は金比羅社であるよう。ほか奥角立に子育観音堂が、下角立には素鵞神社跡(明治初年「大尾天王宮」から改称し、同40年代楠窪の素鵞神社に合祀)があるとのことだが、当方では未確認。さらに「前角立」には阿弥陀堂がある。

 


写真1 林道起点の角立橋(以下2018年撮影。2008年はフィルム紛失のため写真なし)

≪奥角立≫


写真2 家屋


写真3 果樹の畑


写真4 道

写真5 屋敷跡

写真6 墓地
≪下角立≫

写真7 石仏。「明治四十一年二月」「角立組中」とある

写真8 小祠

写真9 古い墓地

写真10 屋敷跡

写真11 小屋

写真12 小屋

写真13 倒潰家屋

写真14 小祠と「地主之墓」

写真15 石仏

写真16 家屋

写真17 墓地

 

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