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◆神部(かんば)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「西條」(昭和23.3)を使用したものである

所在:西条市丹原町楠窪(くすくぼ)
地形図:石鎚山/石鎚山 伊予小松/西条
アクセント:ンバ
形態:山中に家屋が散らばる
離村の背景:(2世帯現住)
標高:約350〜450m(登り口は約220m)
訪問:2008年8月

 

 志河(しこ)川左岸の斜面にある。
 現在は志河川から2箇所の入口があり、川上側には「上神部」バス停がある。バス停付近には2軒の廃屋が残っている。しかし草が深く、登り口は全く分からない。川下側には自動車が入れる入口があり、車道の終点には1軒の民家(現住)がある。そこからさらに山道を登った場所にも1軒の民家があり、話を伺うことができた。以下はその概要

昭和の初めくらいに35戸、昭和30年くらいには20戸で、現在は2戸。少しずつ人が減っていった。
林業が主な生業。畑では麦・トウモロコシ・大豆などを作ったが全て自給用。家の前の斜面に畑が広がっていた(現在は植林されているが、山道を登ると石垣が見られる)。
大国主命(おおくにぬしのみこと)の子孫が住み着いたという伝説がある(地名も、ここから由来しているのかもしれない)。初めは楠窪地内の別の場所、そして神部の地に住み、やがて付近の各地に分家していったという。
上神部(かみ―)・下神部(しも―)という呼称があるが、これは住民の都合で決めたもので、厳密な境界は分からない。
姓は黒河など。

 この家からは、神部の東側の家々に至る道があり、途中の尾根沿いに1軒の廃屋・何かの石柱が見られた。さらに東にも道は延びるが、耕地跡の石垣が続くものの屋敷跡まではたどり着けなかった。
なお
角立至る林道の入口には「角立」バス停がある。川沿いにはかつての学校があり、現在は集会所として利用されている(神部に含まれるかは不明)。

 

 

◆◆フィルム紛失のため写真はありません◆◆

 

 

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