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◇手取川ダム

 ≪交渉の歴史≫

 村史より、各集落に関わるものを中心に抜萃

 年月日 主体  事項
 昭和39.10 電源開発  地元新聞に電源開発事業計画を発表
 昭和41.28  石川県総合開発計画として手取川ダム計画を発表
 昭和43.2 各集落  水没予想各集落において、ダム対策委員会が発足
 〃 8.10 各集落  水没予定の深瀬(ふかぜ)釜谷五味島で手取川本流ダム水没予定地区対策同盟会が発足(上記とは別の団体)(同44年4月17日鴇ヶ谷加入)
 昭和46.6.30  電源開発調整審議会において、手取川総合開発計画が決定

 〃 8.18

電源開発・北陸電力・県  手取川ダム計画を正式発表
 昭和48.1.30 同盟会  電発に対しダム建設反対書を提出
 昭和48.4 電源開発  同盟会に対し補償の交渉開始
 昭和48.11.1 同盟会  深瀬・釜谷五味島、補償基準に仮調印
 〃 12.12  鴇ヶ谷を少数残存者として適切な措置を講ずるよう電発に陳情
 〃 12.20 同盟会  水没地区345戸、補償基準協定書覚書に調印
 昭和49.1 電源開発  水没者個人補償契約開始
 〃 2.15 鴇ヶ谷  水没土地所有者より要望書を電発に提出
 〃 2.28 電源開発  水没者個人補償契約の調印ほぼ終了
 〃 5.11 釜谷  閉村式を釜谷道場で挙行
 〃 6.1  集団移住地(鶴来町【現・白山市】七原(しちはら))の引渡し完了
 〃 8.20 五味島  閉村式を道場で挙行
 〃 8.30 対策委員会  ダム建設を認めることを決議
 〃 〃 同盟会  ダム建設に合意
 〃 9.8 鴇ヶ谷  閉村式を道場で挙行
 〃 11.13 北陸電力  手取川第二・第三発電所起工式
 〃 〃 電源開発  ダム起工式
 〃 5.3 深瀬  閉村式を道場で挙行

 

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