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◆東峰(とうほう)



※ 明色部(凡その範囲であり、必ずしも正確に表しているものではない)
※ この地図は、国土地理院発行の1/25,000地形図「五辻」(昭和44.3)を加工し使用したものである

所在:成田市東峰
地形図:成田国際空港/成田
形態:平坦地に家屋が散在する
離村の背景:空港建設(数世帯現住)
標高:約40m
訪問:2018年3月

 

 市の南部。大字天神峰の南、大字一鍬田(多古町)の北から西にかけて接する地域。現在は多くが成田国際空港の敷地内で、第2ターミナルの北東、B滑走路の南側に当たる。
 
『千葉県戦後開拓史』によると、地域内には駒の頭・松翁といった戦後の開拓農業協同組合があったことが分かる。駒の頭開拓農協は昭和24年3月25日設立、刊行当時(昭和49)で未解散。昭和30年30戸、同36年26戸。松翁開拓農協は昭和24年12月9日設立。昭和30年6戸、同36年6戸(戸数はいずれも組合員戸数)。
 資料『成田市の地名と歴史』によると、昭和36年43戸202人、同59年16戸53人、平成22年6戸22人。茶畑・笠峰・御幸畑・小堀・松翁の小字がある。戦前は県有の竹林であったが、昭和20年頃から開拓が始まった。昭和46年9月、空港反対運動により警官3名が殉職(東峰十字路事件)(※)。昭和60年、6戸が騒音防止法による騒音区域の指定を受けた。平成元年、成田新法に基づき東峰団結会館撤去。
平成10年、地区住民(8戸)が平行滑走路(現在のB滑走路)に対して反対声明を発表。しかし翌年暫定滑走路は着工。平成16年11月、東峰神社本殿全面改修の完成式。
 「角川」によると、大字としての東峰は昭和29年に成立。もとは大字駒井野(こまいの)の一部であった。昭和57年12戸48人。明治期から第二次大戦時にかけて開墾されたが、昭和40年代以降すべて新東京国際空港【現・成田国際空港】の用地となっている。
 なお空港敷地内の主な出来事については、
§成田空港補足を参照。
 現在は地区の北東(東峰)と西(駒の頭)に僅かに居住地や農地・神社(写真8)が残る。うち西部のものは農産物の加工・販売を行う企業が所在。

※ 2名の慰霊碑が天神峰地内にある

 


写真1 住宅地跡(以下「東峰」)

写真2 同

写真3 農地

写真4 防火水槽

写真5 バス停

写真6 居住区付近(以下「駒の頭」)

写真7 道と農地

写真8 東峰神社

写真9 バス停

 

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