山地玉置氏の四天王の一人・小川氏の居城。現在は畑地となり遺構無し。
天正13年初秋、遅々として進まぬ十津川勢の侵攻に業を煮やした田辺本陣は伊藤甲斐守に山地進撃を命じた。
伊藤勢は鶴ヶ城を迂回し平が城に攻撃をかけた。鶴ヶ城の背面と鏡ヶ城の側面攻撃を避けるために、四坊谷から平ヶ城の背後に攻入り滅ぼし、伊藤勢の本陣を築いた。