1999年夏期南方熊楠邸調査報告のページへ

南方熊楠邸調査記録のページへ <w>

調査研究メモのページへ <r>

サイトのホームへ <0>


《ミナカタ通信16号 (2000. 3. 6) より》

研究会短信 (1999年7月)

松居竜五     

 7月28日に田辺市役所教育委員会において、熊楠資料研究会の会合が行われた。当日は、松居竜五が「ロンドン抜書」のデータベース化について現在の進行状況を報告し、横山茂雄氏が蔵書への書き込みの出版化に関して、コールリッジ全集の例について報告した。

 まず松居の報告であるが、最初に「ロンドン抜書」とはどのようなものかについて、現物のコピーを見ながら説明した。「ロンドン抜書」は全52巻の250〜280頁の同型のノートからなり、表からと裏からとの二方向が真ん中でぶつかるまで使われている。その表 (front) と裏 (back) の両方には数行から半頁程度の目次 (contents) が付けられていて、それぞれの引用の書名、著者名、発表年、抜書中のページ数が記されている。中には、内容がわかるように日本語でメモ的に見出し(例えば「燕石の事」など)が書き込まれているものもある。

 データベース化に際しては、まずこの目次に書かれた情報を取り込むことから始めたが、その後いくつか問題が出てきた。たとえば、目次に書き込まれたページ数は開始頁のみであるが、多くの抜書は一つないし二・三のメインになる長い引用に、短い引用(メインのテーマに沿ったものもあれば、そうでないものもある)が差し挟まれるという構造をとっている。こうした構造をデータベースに反映させるために、その後、抜書開始頁と抜書終了頁の両方を記載し、断続的なものについては説明を付けるようにした。さらに、目次には記載されていないが、本文中には引用されいてる文献も多く(特に人名辞典からの引用など)、これらもデータベースでは極力拾うようにしている。

 内容的には、原書の文章を一言一句書き写すタイプのものと、重要な部分のみを書き写す抄写タイプのものとがある。特に後者の場合は、引用箇所がつかみにくく、また日本語と原語がとりまぜられたものが多いため、注意が必要である。たとえば、抜書第39巻の、Hans Staden, Captivity in Brazil (原著は16世紀独語、熊楠が用いたのはハクルート協会版英訳、ハンス・スタデン『原始ブラジル漂流記録』として帝国書院より邦訳あり)の、著者が原住民に捕らえられて危うく食人の目に遭わせられそうになる場面(一般にこうした記述自体は今日では信憑性が問題とされている)を、熊楠は次のように抄出している。

女モ来リ crystal ノ片ニテ眉ヲソル次ニ髯ヲソラントスルガ乞ニヨリ止ム。食フ前ニ purification スルカト(p.63 注) King Konyan Bebe ノ子著者ノ足ヲ三ヶ所シバリ hop セシメ there comes our meat hopping along トイフ (p.74) 著者命薄キヲカナシミ月ヲ見テ "My Lord my God, assist me through this peril to a peaceful end." ト嘆スル事 (p.76) 書ヲ読ミ thunderstorm ヲ見テ雷ヲオコストイフ事 (p.85)

 つまり原書の63頁から85頁までを、このようにかいつまんで5行にまとめているわけである。こうした抄写と日欧語混淆文の問題は、他の抜書・メモ類や書簡、日記に関しても生じてくるものであろう。「ロンドン抜書」に関しては、文部省科学研究費なども使って約八割の引用部分の原書コピーがすでに揃っており、それとつき合わせることである程度の解明は進むはずである。ただし、残りの二割程度については、複写(主にマイクロ化)に費用がかなりかかるもの(稀覯書)もあり、将来的に新たな予算が必要になってくることも付け加えておきたい。

 今後の大きな課題としては、蔵書目録との整合性が挙げられる。熊楠は自らの学問的情報源を構築するにあたって、ロンドン抜書をコアにしてその後の蔵書で増補・発展を図っている節があり、したがってロンドン抜書目録と蔵書目録(主に洋書)は本来統合されるべき性格のものである。今後、蔵書目録、及び抜書目録を出版の形に仕上げていくためには、さまざまな調整が必要になってくるはずである。こうした問題を解決するために、資料研究会の中に洋書諸氏関係の分科会的な場を設けることが必要な段階になってきたのではないかと思われる。

 次に横山氏は、コールリッジ全集を挙げて、蔵書の余白への欄外書き込み(マージナリア)が全集に反映された例について報告した。

 コールリッジ全集では、挟み込まれたメモを含めてマージナリアを翻刻して、セピア色で記載している。つまり、蔵書の当該箇所の本文と、それに対するコールリッジの書き込みが、対応関係がわかる形で出版されているわけである。また、原著の単純な誤植を直したものも、サブ・マージナリアとして取り込まれている。熊楠の新しい全集ではマージナリアをコールリッジ全集ほどの細かさで反映させることは難しいだろうが、参考にはなるはずである。とりあえず熊楠蔵書の中の一冊の本くらいは、ケーススタディとして同様のやり方で翻刻してみてもよいのではないだろうか。

 以上の二つの話題提供に対して、当初の予定を大幅に超過して活発な意見交換がなされた。

[このページのはじめへ]


南方熊楠邸調査記録のページへ <w>

調査研究メモのページへ <r>

サイトのホームへ <0>