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◆半山(はんやま/ハンニャマ)



※ この地図は、内務省地理調査所発行の1/50,000地形図「屋久島西北部」(昭和21.11)を使用したものである

所在:屋久島町永田(ながた)
地形図:永田岳/屋久島西北部
アクセント:ハンヤマ・ハンニャマ
形態:海沿いの緩傾斜地に家屋が散らばる
標高:約50〜100m?
訪問:2011年12

 

 永田の中心部から直線距離でおよそ5kmほど南西、海岸沿いの緩い斜面にある。
 『世界遺産屋久島 亜熱帯の自然と生態系』によると、昭和40年には1軒(田中家)が暮らしていたという。シカ猟や炭焼きが主体で、畑も少しあった。筆者は2、3世帯の集落であったであろうと推測している。
 また付近の県道で会った方々の話では、曾祖父母の世代に屋久島西部(川原など)で病気が蔓延し、これを避けるために永田へ移住したという話を聞いたことがあるそう。先述の田中氏は、その後の居住者だろう。なお現在の県道は、計画段階で集落付近を通ることも考えられていたという(昔の徒歩道)。
 集落へは、県道より適当な場所を下って訪問。地図上の187.7mの三角点付近より海に向かって下り、集落を一瞥したあとは第3半山橋付近に到達。県道からの降り口はいくつかあるよう。
 集落内では平坦地や何かの跡がいくらか見られるものの、宅地の確定には至らず(2、3箇所か)。石垣も農地跡?のごく一部のみ。しかし瀬戸物や壜などの遺品が所々に見られ、ここに生活があったことを窺わせる。また帰り際、県道下で炭焼き窯の跡が見られた(写真10)。疎林の平坦地で環境が良いのか、非常にシカが多い。

 


写真1 石垣とシカ(中央)

写真2 水場?

写真3 屋敷跡?

写真4 何かの跡

写真5 集落内の道

写真6 何かの跡


写真7 浴槽


写真8 何かの跡

写真9 屋敷跡

写真10 炭焼き窯跡

写真11 シカ

写真12 海岸

 

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