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◆田代ヶ八重(たしろがはえ)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「須木」(昭和29.11)を使用したものである

在:小林市須木中原(なかばる)
地形図:田代ヶ八重
/須木
異表記:田代八重(たしろがはえ・たしろばえ)
形態:川沿いに家屋が集まる
離村の背景:多くはダム建設

標高:約350m(水面は約330m)
訪問:2013年8

 

 大字中原の北部、綾北(あやきた)川沿いにある。現在は田代八重(たしろばえ)ダムの湛水により、一部を除き水没に近い状態となっている。
 村史によると、一時期綾(あや)営林署綾北製品事業所の事務所が一時期置かれていたよう。昭和18年柚園から移され、同49年中原地内に
移転。これに伴い従業員世帯は中原地内や下田(しもだ)に移転した。
 村史および資料『ここに学校があった』によると、学校の沿革は以下のとおり。

 昭和16.4.1  須木国民学校綾北分教場設立
 昭和22.4.1  須木小学校綾北分校と改称
 昭和22.6.26(※)  須木中学校綾北分校開校。小学校に併置
 昭和41  中学校分校閉校。3月16日閉校式
 昭和41.4.1  小学校分校独立。田代八重(たしろばえ)小学校となる
 昭和49.3.31  小学校閉校

※ 『ここに学校があった』では5月

 ダム堰堤付近には「開田記念碑」と田神・水神の碑(写真2)が置かれているが、これらは水没地から移設されたと思われる。集落には左岸高台に1軒の管理家屋があり、付近で伺った話では近年まで居住していたとのこと。この下の広い平坦地が学校跡であるよう。右岸の猿(さい)谷との合流部付近には墓地(写真7)があり、筒井姓・江田姓が見られる。管理はされていないようだが、最近の地図にも記されている。

 


写真1 田代八重ダム

写真2 堰堤付近の碑。左「田神・水神」、右「開田記念碑」

写真3 学校跡遠景

写真4 写真3にて

写真5 蝉の谷橋(左)と猿の谷橋(右)

写真6 右岸の平坦地

写真7 写真6にて。墓地

写真8 旧道

写真9 左岸の平坦地

 

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