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◆井ノ岡(いのおか)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「伯母子嶽」(昭和28.10)を使用したものである

所在:十津川村杉清(すぎせ)字井ノ岡
異表記:井之岡(『十津川の民俗』)
地形図:伯母子岳/伯母子岳

形態:小山の鞍部付近に家屋が少数集まる
標高:約700m
訪問:2008年12月

 

 村の北西部、神納(かんの)川の上流にある。古い地図では2軒の建物が見られる。現住の集落で最も奥である清之原(せいのはら・せのはら)集落からは約7kmほど。川が大きく蛇行し、内側が小山になっている箇所があるが、その鞍部付近に集落があった。
 林道(奥千丈線)沿いに小型モノレールの発着場があるが、ここが降りる場所の目印。歩道と索道が平行するが、途中でそれぞれ別の方向に向かう。これを索道沿いに川まで降り川を渡渉、植林地の斜面を登り鞍部を越えると集落跡に着く。なお歩道を降
りていくと桜股着く。集落では2箇所の屋敷跡と古い墓地(写真3)、多くの水田跡が見られた。集落の真ん中付近に小高くなった小平地があるが、何かの跡地だろうか。
 
 『十津川の地理』にでは、なくなった年および当時の戸数は昭和302戸とある。
 『十津川郷採訪録』によると、田が多く十分な米が収穫できたという。出谷(でだに)川(出谷郷(でたにご) 谷のことだろう)の出合にはワサビ田を持っていた。家々は以下のとおり。

番号 屋号 備考
1 吉野屋 玉置 明治期、北海道へ移住
2 インキョ 福本 昭和36年橿原市へ転出
3 ホンヤ 福本 大正初期、京都方面へ移住。跡地に久保家(屋号「下尾戸(すそおと)」)が居住

※ 第3巻では、吉野屋は桜股の項目にて言及されている

 


写真1 屋敷跡

写真2 屋敷跡

写真3 墓地

 

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