◆七津屋(ななつや)
所在:四日市市塩浜町(しおはまちょう)
塩浜町の南西部にある。 昭和10年頃より、戦争拡大に伴う航空用燃料の増産のため軍部が国内各地に燃料廠の建設地を探し始めた。当時県や市は塩浜地区(を含んだ一帯)を工業地帯として開発すべく工場誘致を進めていたが、原油荷揚げ地としての立地が良好で、塩浜地区に進出することが決定 また当地には一時塩浜尋常高等小学校(後の塩浜小学校。明治8年創立)も置かれていた。これは塩浜村が四日市市に合併する際に学校の校舎建設計画が合併条件に含まれており、地区の中央ということで七津屋の北(字新平釜)に決定したもの。昭和6年秋校舎が完成(※)、同7年には青年学校も併設。昭和15年11月、海軍燃料廠と東邦重工業進出のため塩浜町1番地(現在の塩浜地区市民センターの付近)に校舎を移転した。なお塩浜学校の旭分校が明治8年11月10日から明治21年3月31日まで置かれていたようだが、北旭・高旭・浜旭のどこに置かれていたかは不明。 現在は昭和四日市石油の製油所敷地内にあり、集落の跡地は正門(写真1)から200mほどの場所に当たる。痕跡等は皆無か。 ※ 塩浜小学校のウェブサイトでは、昭和7年4月28日七津屋に校舎新築とある
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写真1 昭和四日市石油正門 |
(写真2 七津屋を案内する道標と説明立札〔塩浜本町にて〕) |