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◆大倉(おおくら)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「大町」(昭和24.11)を使用したものである

所在:大町市美麻
地形図:高府/大町
アクセント:オークラ
形態:山中に2つの家屋群がある
離村の背景:集落移転事業
標高:南北とも約850〜900m
訪問:2006年11

 

 真倉の東にある。北部・南部に分かれており、最近の地形図では北部に12軒、南部に6軒の建物が見られる。ともに桑畑の記号がある(現存しない)。林道矢久川手線が通る。
 北部にはしっかり建っている家屋が2軒(写真1・3)。両方とも民家としては大きい。ここの2階では養蚕をしていたようだ。他にも屋敷跡と思われる場所がいくつか見られた。北側には墓地があり(宮田姓)、集落を見下ろせる位置になっている。
 南部には3、4世帯くらいの屋敷跡があり、全半壊の家屋が残っている(写真4〜7)。うち1箇所には、かなり保存状態の良い蔵(写真8)が1つ残っていた。手入れをしに訪れているのだろう。なお西側の斜面には墓地があり、こちらも宮田姓。
 昭和45年の「過疎地域対策緊急措置法」により、全戸が谷地(やち)川沿いの新興住宅に移転。川手(かわて)集落は、この時に人為的に形成されたもの。地図上で、周囲の集落と比べて整然としているのはそのためで、同じ造りの家が私道の両側にきれいに並んでいる。10世帯中8世帯が宮田姓。
 大倉訪問中、バイクが動かなくなったところに出身者と偶然に出会い、軽トラの荷台で運んでいただいたうえに川手のお宅で話を伺うことができた。川手の住宅ことや北部と南部で呼び分けもされていたこと(「日向大倉」「日影大倉」だったか?)、
蟹倉 のことなどを教えていただいた。
 村誌(編纂委員会篇)によると、6軒が移転事業で川手に転出。

 

≪北部≫


写真1 廃屋


写真2 いろり


写真3 廃屋
≪南部≫


写真4 半壊家屋・背面


写真5 半壊家屋・側面


写真6 倒潰家屋


写真7 倒潰家屋  

写真8 白堊の蔵

 

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