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◆水ノ木(みずのき)



※ この地図は、陸地測量部発行の1/50,000地形図「山中湖」(昭和5.5)を使用したものである

所在:山北町世附(よづく)
地形図:御正体山/山中湖
異表記:水の木
形態:川沿いに家屋が散在する
離村の背景:事業の衰退
標高:約590m(地名表記地点)・約640m(菰釣橋付近)
訪問:2022年3月

 

 大字世附の中部、世附川(本谷)沿いにある。
 資料『かながわ風土記』には、昭和初期の当地周辺について「水ノ木沢と織戸沢との合流点に世附休泊所が設けられてあった。休泊所と少し離れたところに炭焼場があって、数家族が仕事に従っていた」「(略)…から流れるのが金山沢であって、それが水ノ木沢に合流するところにも、二軒の炭焼家族が住んでいた」「モミノ木沢が合流してくるところに…(略)…狭い河原に沿って、沢山の炭焼窯が立ちならび、その間に掘立小屋のような住居が点々とあって…」という記述がある。なお土沢や大棚沢にも数軒ずつの製炭従事者が居住していたことも言及されている。
 また町史によると、昭和16年に営林署の事業が地蔵平ほか大又沢流域から当地に移されたという。昭和22年に一時大又沢に戻されたが、同25年には再び当地が中心地となり集落が賑わっている。

 さらに参考サイト(
西丹沢・旧水ノ木部落の研究)によると、大正初期より当地周辺に製材所が設けられ多くの世帯が居住し従事していたというなお当地の探索において、同サイトが非常に参考となった)。

 このうち織戸沢合流部付近には丸高製板の高橋文平氏が居住。参考サイトで引用する「山と渓谷」では、昭和15年の時点で高橋氏は既に転居し、水ノ木休泊所・人夫小屋のほかに岩田氏・小野氏の住居があったよう。
 ここでは「水ノ木休泊所」と思われる建物と山神の祠、左岸で高橋氏の屋敷跡(写真11・12)を確認。左岸に渡る橋は屋敷の前と上流側の2箇所があったようだが、いずれも既に落ちている(徒渉は可能)(写真10)。

 金山沢合流部付近にも製板所があったとのことだが、平坦部がいくらか見られたものの建物の痕跡は確認できず。川沿いには石仏と馬頭観世音の石塔が置かれているが(写真18)、石仏は個人(長田氏)の墓標でもある。いずれも大正1桁のもの。石塔には発起人として先述の高橋氏(※)、世話人として曾布川氏、ほか■■・天野・三枝?・長田?・宮川・長田の各氏の名が刻まれているが、往時の住民だろうか(■は判読できなかったもの)。高橋氏の名とともに記された「○の中に高」の記号は、往時の丸高製板のものだろう。

※ 厳密には「高」「橋」ともに俗字で記されている。「高」はいわゆる「はしごの高」、「橋」は右上が「有」のようになったもの

 ここより上流はいわゆる「水ノ木」とは異なるが、さらに足を延ばし旧版地形図を参照に4箇所ほど記された建物の跡を探索。いずれもそれなりの平坦地は確認できたものの、明瞭な痕跡は見られず。ただし地形図上で最上流に位置する場所では、遺留物や複数の陶片を確認。

 さらに蛇足ではあるが、芦沢橋より上流、世附川沿いの各地に点在する旧居住地や施設等についても写真を掲載した(写真25〜)
 このうち「広河原(ひろがわら)」は地形図上に集落等と同じ書体で記されているが、詳細は不明(下の「画像」)。

 


(写真1 水の木林道起点。大又(おおまた)沢分岐にあたる)


(写真2 林道起点の石塔群。いずれも馬頭観世音)

≪本谷・織戸沢合流部付近≫


写真3 水の木橋


写真4 階段


写真5 写真2上の平坦地


写真6 写真5付近の建物


写真7 建物跡


写真8 茶碗


写真9 山神の祠


写真10 対岸への橋の跡


写真11 屋敷跡


写真12 同。別角度


写真13 写真11・12脇の平坦地
≪水ノ木沢・金山沢合流部付近≫


写真14 菰釣(こもつり)
※ 付近の「菰釣山(こもつるしやま)」とは読みが異なる


写真15 平坦地


写真16 平坦地


写真17 平坦地


写真18 石仏と馬頭観世音

≪金山沢沿い≫


写真19 建物跡の平坦地?(右岸)


写真20 同(左岸)


写真21 同(左岸)


写真22 同(右岸)


写真23 写真22付近にて。徳利の「高橋」は丸高製板の高橋氏?


写真24 同

≪その他世附川沿い(芦沢橋以西)≫


(写真25 芦沢橋)
(以下悪沢合流部付近)


(写真26 
宿舎跡?)


(写真27 写真26にて。浴室跡)


(写真28 吊り橋)


(写真29 宿舎〔三保山荘〕)


(写真30 写真29脇の建物跡)


(写真31 宿舎?)


(写真32 写真31下の建物跡)


(写真33 廣河原橋)
(以下広河原)


(写真34 吊り橋)


(写真35 道〔手前〕と平坦地。建物跡?)


(写真36 土沢の取水口)


(画像 広河原)
※ この地図は、陸地測量部発行の1/50,000地形図「山中湖」(昭和5.5)を使用したものである

 

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