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◆金山(きんざん)
(大葛鉱山)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「大葛」(昭和29.7)を使用したものである

在:大館市比内町大葛(ひないまちおおくぞ)
地形図:大葛/大葛
形態:川沿いに家屋が集まる
標高:約240m

訪問:2016年5

 

 大字大葛の東部、金山沢(犀(さい)川支流)沿いにある。大葛鉱山に伴山集落。
 町史によると、鉱山では主に金・銅を産出。昭和53年閉山。
慶長年間(1596-1615)には既に開発が行われていたよう。
 集落の家々は主に現在の県道に沿って並んでいたようで、道脇にはその痕跡が垣間見られる。鉱山の経営に深く関わった荒谷家の屋敷跡(写真2)も県道沿い。また西部には広い墓地があり、荒谷家ほか多数の墓が置かれている。以下は墓地にある立札(町教育委員会による設置)の説明文。

 大葛金山の墓地跡

 比内町大葛金山に特殊の寺院と付属する墓地があった。その事実は。跡地と墓石の存在で証明されるが、他に古文書・記録など直接関係する史資料は全くない。
 金山は、伝説によると奈良の大仏殿へも献納したというが、近世で栄えた徳川時代は百五十名以上、弘化二年には三百四十五名が稼業したとの記録が残っており、必要に応じた建立造成だったのではなかろうか。
 金山は、一般社会と完全遮断だったが、寺院が全焼したため一時金山村へ移し、さらに中野村の全応寺に合併されたが、ここも宝暦の頃全焼し記録ともども一切合財烏有に帰した。
 ここは墓地跡である。全国から集散した稼業者と家族はどれほど眠っているのか、想像するべくもない。しかし、地下の人々は、四百年近い星霜をここから眺め、世の移り変わりをどう語り合っているだろうか。別社会の「黄金花咲く」金山の霊魂をおもうと今さらながら感慨を久しゅうする。

 


写真1 地名表示

写真2 荒谷家屋敷跡

写真3 「菅江真澄の道」の標柱

写真4 屋敷跡

写真5 屋敷跡

写真6 屋敷跡

写真7 石仏

写真8 神社・参道

写真9 神社・社殿(「金山神社・仮社」とある)

写真10 道と屋敷跡

写真11 金山精錬所跡

写真12 墓地にて

写真13 同。三界萬霊等(「等」は表記ママ)

写真14 同。供養塔(右)と心経塚(左)

写真15 同。薬師如来入口不動尊堂

写真16 同

写真17 同

写真18 同

 

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