戻る 前へ 次へ 市町村選択ページへ 都道府県選択ページへ トップページへ

 

◆笹平(ささだいら?)



※ この地図は、国土地理院発行の1/50,000地形図「大町」(昭和37.7)を使用したものである

所在:大町市平(たいら)
地形図:烏帽子岳/大町
形態:川沿い
標高:約860m(水面は約1,050m)
訪問:2025年11月

 

 大字平の中部、高瀬川左岸にある。現在は大町ダムの人造湖(龍神(りゅうじん)湖)に水没。

 市史によると、高瀬川の電源開発工事を担った建設会社の社長が、開発に伴い家族とともに当地に居住したとのこと。
 第一次世界大戦の好況を契機に、中央の電力会社が立地条件の良い長野県に目をつけ、各地の河川での開発が始まる。大正11年より、東信電気が高瀬川水系と千曲川上流において電源開発を開始。大正11年、高瀬川大出の発電所(第1発電所)が完成した後、さらに上流部にダムの建設を企画した。そして第2から第5までの発電所を大正14年までに完成。この一連の工事を担当したのは前田建設で、初代社長前田又兵衛氏は、家族を引き連れて前線基地の笹平に居住し、陣頭に立って指揮をした。なお第三発電所は笹平に建設されている。
 これら5つの発電所工事は、まず資材運搬道路と信濃大町駅から笹平までの電気鉄道軌道建設の工事から始められた。
 昭和43年4月、笹平に東京電力の「高瀬川水力調査所」が開設。

 資料『大町ダム工事誌』によると、ダム工事に伴い買収された笹平地先は、東京電力が高瀬川に七倉・高瀬の両ダムを建設するに当たって電源開発の推進基地としていた土地で、当時事務所・倉庫等8棟の建物が存在。これらの建物は両ダムが完成した後の昭和55年5月頃に東京電力側が自主撤去し、その後大町ダムの湛水池敷として逐次取得を行うという前提で処理された。
 ほか同社所有の高瀬川第三発電所についても自主的に昭和58年3月までに撤去され、その土地も取得が完了。

 以下は資料『大町ダム写真集』より、ダム建設の主な沿革。

 昭和42.5.27  予備調査着手
 昭和44.4.25  現地調査開始(※)
 昭和47.5.10  大町ダム調査事務所開設(昭和49年4月大町ダム工事事務所に改称)
 昭和49.8.29  ダム建設に関する基本計画告示
 昭和49.10.15  付替県道工事に着手
 昭和50.4

 損失補償基準妥結

 昭和52.6.7  ダム本体工事に着手
 昭和54.8.22  ダム本体コンクリート打設開始

 昭和55.5.21

 定礎式
 昭和58.10.26  ダム本体コンクリート打設完了
 昭和59.10.01  試験湛水開始
 昭和60.10.16  竣工式
 昭和61.3  試験湛水完了

※ 資料『大町ダム工事誌』では9月25日となっている


 現地は完全に水没し、遠景からのみであったが痕跡らしいものは確認できなかった。ダム下や堰堤付近の広場に複数の碑があるが当地に関するものはない。

 


(写真1 ダム堰堤)

写真2 集落跡方面を望む

 

戻る 前へ 次へ 市町村選択ページへ 都道府県選択ページへ トップページへ