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生物学者としての南方熊楠

南方熊楠は和歌山県出身の博物学者で、アメリカに留学の後、イギリスに渡り、日本に帰国の後は 当地和歌山県田辺市でその生涯を終えました。様々な奇行で知られる一方、学問では民族学や生物学の 多方面にわたる博識と活躍で知られ、海外での活躍やそのスケールの大きさから学問の巨人として 扱われています。
博物学者としては、陰花植物、つまり藻類・菌類などですが、特に粘菌という動物とも植物ともつかない 生物に力を注いだことで知られています。
南方熊楠の家の土蔵には彼の資料が大量に残されていて、多くの研究者の努力によって、 現在その全貌が明らかにされつつあります。 そこからは今まで知られていた南方熊楠像とは異なったその姿が見えるようです。そういった面についても 多少ながら展示しています。

1.粘菌
粘菌、あるいは変形菌と呼ばれて、その子実体(いわゆるキノコ)は、ただの小さいキノコかカビにしか見えないのですが、 胞子が発芽すると、菌糸ではなく遊走子となり、やがてアメーバ状のかたまりとなります。これが餌を食べて成長するのが 動物的なのですが、普通の細胞なら成長すると分裂するのに、変形菌は細胞核が分裂しても、細胞は分裂しません。 ひとつの細胞に多数の細胞の中身を含んだ形(多核体)でどんどん成長し、大きいものでは数十センチから1mを超える 代物になります。その形で原形質流動によって移動しながら餌を食べ、成長します。
ところが、ある時期になるとその変形体が細かい部分に分かれて、それぞれが小さなキノコになって胞子をばらまくのです。
観察会で見つかった変形菌の胞子体
●サビホコリの1種の胞子体
野外で見られた変形菌の変形体
●変形体の例
センターには胞子体の標本や変形体から胞子体への変化の写真などが展示されています。

2.高等植物
彼は博物学者としては陰花植物の専門家として語られることが多いのですが、実際には顕花植物(普通の草木)についての 大変な知識を持っていたらしいことがわかりつつあります。土蔵にはアメリカ滞在中のものから和歌山県、その他日本各地 の標本に至る大変な数の植物の標本(押し花)が残っています。ただ、その作り方は力が入っていて、果実は切断して 張り付ける、とか、根まで洗って張り付けてあるとか、ここまでやるか?という凝りようです。
アメリカ時代の標本は多くが台紙にはられていて、そこには様々な文献の文章らしいものが書き込まれていたり、 細部の構造がスケッチされていたり、大変なエネルギーを使って勉強したあとが伺えます。
ハナワラビの胞子のうの手書き図 日本での標本は、データ等が不明確であったり、混乱しているものが多く、まだまだはっきりしていませんが、 その量は膨大で、しかも広範囲にわたります。現在ではほとんど見られない植物もあり、細かい検討を必要としています。
そういう中で、ギンリョウソウやシャクジョウソウ、ショウキランやムヨウランなどの腐性植物(緑の葉を持たず、根に菌類 を共生させてそこから栄養を得る植物)は、特に熱心に集めた様子が感じられて、いかにも陰花植物専門家、あるいは変人といわれる 人柄にぴったりと思わせます。
また、フクドやシバナ、ウラギクなど塩性湿地の植物が数多く採集されています。それらは現在では埋め立てなどでその成育地そのものが 失われていて、その多くがレッドデータブックに出ているものです。まるでその事を予見していたかのようです。

展示写真より、熊楠の標本;キヨスミウツボ、ニラバランなど
●展示写真より・熊楠の植物標本
キヨスミウツボ、ニラバランなど
展示写真より、熊楠の標本;クマノギク、イシモチソウなど
●展示写真より・熊楠の植物標本
クマノギク、イシモチソウなど
3.昆虫標本
熊楠は箪笥にいろいろな標本やら変なものをしまっていたことはよく知られていますが、その多くはとにかく放り込んでいるだけ のようです。
しかし、昆虫の標本はそんなに簡単に作成できるものではありません。標本箱や昆虫に刺す針から専用のものが必要です。 熊楠はあの時代にそれを作成しています。しかも、カブトムシやクワガタムシなど目立つ大きい虫だけでなく、かなり細かい虫を 採集しています。
また、紙の上に虫をのりで貼りつけ、その紙に針を通してあること(これは、そうしなければ針で固定できないような小さな虫の 標本の作り方)、いもむしは内蔵を抜いて脱脂綿で芯を作ってあることなど、専門的で本格的な標本作成が行われていることは わかります。
ただし、実物はその後の保管状態が悪かったためにほとんど虫の形すら残っていません。センターではその標本箱に残された残骸から その種名のわかるものはそれの実物を、それ以外のものも判明した種を採集した状況などから想像を交えながらもこのような標本では なかったかと考えられる標本を復元して提示しています。

展示写真より・熊楠の昆虫標本
●展示写真より、熊楠の昆虫標本箱:
一部の昆虫は形が残っている
展示写真より、熊楠の標本拡大
●展示写真より・熊楠の標本の拡大:
台紙の上に小さい昆虫を載せて、それ
を針にさすなどいたことがわかる

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