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◆赤子浜(あかごはま)



※ この地図は、内務省地理調査所発行の1/50,000地形図「早岐」(昭和21.10)を使用したものである

在:佐世保市ハウステンボス町(―まち)
※ かつては佐世保市江上町(えがみちょう)字沖新田・赤子新田・沖ノ浜・揚ノ浜
地形図:早岐/早岐 川棚/早岐

形態:海沿い
標高:数m

訪問:2015年6月

 

 市の南部。針尾(はりお)島のうち、大村(おおむら)湾と早岐(はいき)瀬戸に面する地域。ここでは便宜上、現在のハウステンボス(=複合型リゾート施設の名)にあたる沖新田・赤子新田・沖ノ浜・揚ノ浜の各小字があった領域とした。
 以下は『ハウステンボス周辺の今昔』および市史より、当地の変遷を要約したもの。

宝暦4(1754)年、早岐瀬戸側において福田徳左衛門によって新田が干拓される(赤子新田)。
戦前に干拓地は埋め立てられ、昭和19年5月針尾海兵団設置。昭和20年海軍兵学校針尾分校開設。
戦後は残された施設が厚生省引揚援護局の施設として利用された。中国や南方などの海外引揚者の宿舎となったほか、食糧・衣料・医薬品を提供。
昭和24年に引揚業務が終了すると、警察予備隊基地(※1)となる。
昭和45年、県は国有地となっていた同地の払い下げを受け、工業団地化を計画。昭和47年より造成工事に着工し、同50年に完了する。しかしオイルショック後の不況で進出企業はほとんどなかった。翌年売値を下げたが買い手がつかず、県の財政を圧迫することとなる。
昭和62年、長崎オランダ村(※2)より当地への進出の計画が持ち上がる。地域の活性化を歓迎した県と市は、提示された条件(※3)を承諾し、同社に出資。新会社は「ハウステンボス」と発表される。
昭和63年10月より工事開始。平成元年リゾート法の特定地域に指定。平成4年「ハウステンボス」が開業。

 なおハウステンボス西隣の釜墓地霊園の一角に、「海軍特別少年第参期記念碑」、ハウステンボス第2駐車場進入路左手に、海軍兵学校針尾分校の記念碑があるとのこと。
 施設内は未訪問だが、先述の2基の碑は見ておくべきであった。

※1 警察予備隊は、陸上自衛隊の前身となった組織
※2 かつて西彼町【現・西海市】にあったテーマパーク
※3 「売却済みの土地の買戻し」「市による給水の確保」「大村湾などの漁協の協力」の3点

 


写真 ハウステンボス遠景

 

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