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◆仲木屋(なかぎや)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「手結」(昭和32.4)を使用したものである

所在:香南市夜須町仲木屋(やすちょう―)
地形図:美良布/手結
形態:谷沿いの斜面に家屋が散らばる
標高:約580m
訪問:2014年12月

 

 町の北部、尾川川(おがわ-がわ)上流部にある。長者が森(ちょうじゃがもり:山岳名)東の斜面一帯に家屋が散在。
 町史によると、昭和30年頃から過疎化が進行したという。集落にあった羽尾小学校仲木屋分校は昭和36年廃止。校区は仲木屋・上倉沢谷の上分。開設当時は私塾(※)、明治41年までは仲木屋教育所で、この年4月に分教場となった。
 「角川」によると大字としての仲木屋は、昭和29年東川村(現在は香南市および芸西村の各一部)に成立。昭和30年からは夜須町の大字となる。また昭和37年には無住となった。
 また昭和39年の高知新聞のルポルタージュ記事によると、昭和37年7月、最後まで残っていた小松家が転出し無住化。戦中頃は20数戸が暮らし、農業により僅かな収入を得ていたよう。

 訪問は林道畑山仲木屋線より。長者が森付近には学校跡の碑(写真1)が建ち、集落方面へ降りる道がある。家々の多くは尾川川に向かって延びる各々の尾根上に立地していたようで、それぞれに廃屋や屋敷跡が見られる。学校跡は特定できなかったが、後のたまだれ氏(SNSの友人)やHEYANEKO氏とのやりとりの結果、碑から南に延びる尾根上の一角(写真11)にあったことが判明。学校跡の敷地には戦役の記念碑があり、小松氏4名、和田氏1名の名が刻まれている。

※ 後述の高知新聞の記事より。なお「明治二十九年公立校となって…」とあるが、これは仲木屋教育所を指すか

 


写真1 林道沿いの学校記念碑。平成5年、町教委による設置

写真2 廃屋(以下東側より)

写真3 写真2の家の墓(小松氏)

写真4 石仏群

写真5 道(右下)と農地跡の石垣

写真6 農地跡

写真7 廃屋

写真8 写真7の家の墓地(小松家)

写真9 祠

写真10 屋敷跡

写真11 学校跡

写真12 写真11敷地内の戦役記念碑

写真13 墓地

 

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