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◆栃谷(とちだに)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「北川」(昭和28.11)を使用したものである

所在:香美市物部町別府(ものべちょうべふ)
地形図:北川/北川
形態:谷沿いの斜面に家屋が少数集まる
標高:約800m
訪問:2008年9月・2025年12月

 

 高知と徳島の県境、四ッ足(よつあし)峠付近の谷川沿いにある。古い地図では1軒の建物が見られる。現在の四足峠トンネルが開通するまでは、この峠の山道が国道だった。
 トンネルの高知側の入口のすぐそばには登り口がある。これを登り3つめの谷より上流を遡ると、やがて道沿いに石垣が見ることができる(写真1・2)。この敷地には何かの穴や遺構が残されているが、屋敷跡かどうかは分からない。壜や瀬戸物のかけらが見られるため、何かしらの建物はあったのだろう。
 地元の方の話では、かつては2軒。農林業をしてくらしていたが、終戦のころくらいに村内の別府地内へ降りていった。ここに住んでいた方の子供が現在60歳くらいだという。

 2025年再訪。前回訪れた場所が正しかったかを確かめるためであったが、やはり同じ場所であった。ただし当時と比べ道の崩壊が進み、先の「3つめの谷」に到達するのも難しくなっている。
 このまま県境である四ッ足峠まで足を延ばした。四ッ足堂は老朽化し倒れているものの、堂内の地蔵には新しい供物も見られた。
 なお最近の地形図では峠に至る道筋が2本記されているが、過去の地形図を見ると西のものは明治期のもの、東のものは昭和初期以降のものであるよう。ただし
東側のものも本来は尾根を通らず、その東の谷に沿って通じている。昭和31年発行分より国道の表示になっている。

 資料『阿波のお堂』によると、「四ッ足堂」は本尊に地蔵菩薩を祀る堂宇で、境内は徳島と高知に跨っている。建造年代は不明だが、現在のものは昭和3年に改築されたもの。昭和3年の改築以前は茅葺きで、現在のものよりも大きく、旅人が仮泊できるほどであったという。
 
4本の柱のうち2本は北川(徳島県)、もう2本は別府(高知県)から持ち寄られ、堂の運営・修繕の経費は両村の折半であった。
 峠道は、昔は阿波の中央部から土佐に通じる唯一の道であった。大正10年頃までは嶮岨な山道しかなく、
人の背で物資を運搬。両県から小豆・芋・海藻などを持ち寄り、ここで物々交換も行われていた。
昭和12年頃には馬道に改修され、馬の背に物資を積んで往来し、当地は恰好の休憩場所であった。
 昭和42年、現在の四ッ足峠トンネルが開通。地蔵尊も麓に下りるようお願いしたが、「ここがよい」とお答えされたため、トンネル内の県境にも地蔵尊を祀ることにした。
 なお名称については、四隅に柱を立て屋根を葺いただけの簡素な建物であるためと考えらえれており、県内にも「四ッ足堂」はここを含め5箇所ある。

 


写真1 建物跡


写真2 写真1の石垣
(以下2025年撮影)


(写真3 峠への道〔旧国道〕)


(写真2 峠の四ッ足堂。倒潰している)

 

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