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◆殿御舎(とのごや)
(宮谷(みやだに)




※ この地図は、国土地理院発行の1/50,000地形図「石鎚山」(昭和46.5)を使用したものである

所在:いの町奥南川(おくみなみがわ)
地形図:筒上山/石鎚山
形態:川沿いに家屋が集まる
離村の背景:産業の衰退
標高:約800m〜
訪問:2015年12月

 

 大字奥南川の中部、大森川沿いにある。
 諸サイトによると林業で栄えた集落であるようだが、当方では詳細を把握せず。
 村史の
本川村学校沿革によると、殿御舎小学校は昭和29年4月1日開校、同48年5月2日廃止。殿御舎中学校は昭和30年4月1日開校、のち本川中学校殿御舎分室となり、同48年5月2日廃止。
 以下は児童数および生徒数の推移。

  昭和37 昭和40 昭和42 昭和45 昭和47
小学校 36 29 18 18 4
中学校 10 7 9 4 7

 地名については、源平の戦いから逃れた安徳天皇がこの地で駐留したことが由来となったという(平家の落人伝説によるもの。正史では壇ノ浦にて入水し、幼くして崩御)。
 なお読みについては、昭和41年に編纂された殿御舎小中学校の文集『とのごや』に拠った。

 現地には多数の住宅の基礎が残り、往時の繁栄を窺わせる。学校跡の特定はできなかったが、集落東端の基礎が校舎の跡か。
 なお手持ちの古い地形図(「石鎚山」昭和22年3月発行)には、「宮谷」のさらに下流に「殿小屋」が記されているが(後出の「画像」)、これは宮谷地区に移転する前の本来の殿御舎地区であったと思われる。現在は大森川貯水池に水没。

 

≪学校付近≫

写真1 林道と宅地入口

写真2 学校跡?

写真3 同?

写真4 何かの槽

写真5 写真4そば、溝渠状の遺構

写真6 遺構

写真7 遺構

写真8 集落風景

写真9 集落風景

写真10 柵
≪暁(あかつき)橋付近(左岸)≫

写真11 林道と宅地入口

写真12 屋敷跡の電柱・何かの計測器(以下下段)

写真13 住宅跡

写真14 同

写真15 同

写真16 同

写真17 同

写真18 上段への階段

写真19 住宅跡(以下上段)

写真20 同

写真21 同

写真22 同

写真23 同

写真24 同

写真25 同

写真26 自転車
暁橋付近(右岸)

写真27 暁橋

写真28 何かの跡

写真29 建物跡
≪宮谷橋以西≫

写真30 宮谷橋

写真31 土場と「奥南川山保安林管理棟」

写真32 階段

写真33 建物跡
≪殿小屋表記付近≫


画像 「殿小屋」
※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「石鎚山」(昭和22.3)を使用したものである


写真34 地名表記付近

 

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