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◆中峯(なかみね)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「釋迦ガ嶽」(昭和29.3)を使用したものである

所在:五條市大塔町中峯(おおとうちょう―)
地形図:辻堂/釈迦ヶ岳
形態:山中に家屋が集まる
標高:約650〜780m

訪問:2015年5月

 

 熊野(くまの)(※1)の支流、小原川の右岸側にある。中井傍示(なかいほうじ)集落背後の山中に立地。
 「角川」によると、大字中峯は近世の吉野郡中峰村(※2)。船川中峰(ふなのかわ―)村とも。もとは船ノ川(ふなのかわ)(※3)のうちで、中峰垣内あるいは中峰方と呼ばれていた。明治22年天川村の大字となる。「西村家記録」からの引用では、初代が天正14(1586)年に農地を開き、翌年人家3戸をもって中峰村と称したという。明治15年頃17戸86人。昭和46年全戸移住。神社は厳島神社、寺院は称名寺。
 中井傍示の方(昭和31年生)の話では、分かるもので6、7軒。無住となったのはやはり昭和45年頃で、五條市などに転出したという。自給用の農業や林業が主な生業であった。なお当時の寺の住職は「ニシムラ」氏。
 訪問は中井傍示より。山林に入り山道をたどると、思いのほか高い所まで中井傍示の所有と思われる水田の跡が続く。中峯地籍との境界付近で少しの間水田が途切れ、中峯に入ると再び水田跡が広がる光景となる。複数の宅地のほか、寺院の境内も確認(写真1)。集落西の尾根上では、現在も管理されている小さな社(写真2)が見られた。

※1 村内での呼称は天(てん)ノ川
※2 同書での表記は「中峰」
※3 後の中峯・中井傍示・篠原(しのはら)・惣谷(そうたに)にあたる

※4 2015年12月追記
 現在称名寺は大阪に移転(本籍は中峯)。先代の「ニシムラ」氏から職務を引き継いだ当主のもとで、旧来の檀家および新しい檀家とともに活動が続けられている。また旧住民は年に一度集落を訪れ、土地の確認を行い維持管理に努めているとのこと。
2015年11月、現在の御住職様よりご連絡をいただきました。この場を借りてお礼申し上げます)

 


写真1 寺院境内にて。イチョウの古木


写真2 社

 

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