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◆下楡木(しもにれき?)



※ この地図は、国土地理院発行の1/50,000地形図「戸隱」(昭和36.6)を使用したものである

所在:長野市戸隠豊岡(とよおか)
地形図:戸隠/戸隠
形態:川沿いに家屋が集まる
離村の背景:ダム建設
標高:約560m
訪問:2025年11月

 

 大字豊岡の南部、裾花(すそばな)川左岸にある。裾花ダム建設に伴い離村したが、完全に水没はしていない。
 帰宅後に当地の存在を把握したため、付近を通過しながらも未訪問となった(2015年)。

 村誌によると、ダムの着工は昭和37年4月、完成は同44年3月。同書には「湖底に沈んだ下楡木集落(昭和41年春)」とのキャプションで集落の写真が掲載されている。これを見る限り、家々は川岸の低地に寄り集まって建っていたよう。
 また資料『戸隠村の民俗』によると、19戸(時期不明)で内訳は荒井9・西沢4・塚田3・小池2・小林1。昭和44年1月6戸。笹原・五十土・追通・下楡木・川下・上祖山等では副業として紙漉きが盛んに行われ、山中紙(さんちゅうがみ)あるいは西山紙の名で知られていたという(※)。障子紙を主としており、昭和42年まで下楡木のみで生産していたが、移転により生産は途絶えたとのこと。

※ 長野市の問屋が主として取り扱っており、長野の西の山村から出る紙というとことに由来する

 2025年訪問。裾花川左岸には、川下地区から当地の上部を通過し一条地区まで抜ける車道があるが、これは通行止めとなって久しいよう。
 現地は広く藪となり、道路に近い一部を除き探索は困難。集落の下り口付近には石造物がまとまって置かれている。その一角には「帰去来松」の碑があるが、その脇にある松の木を指すものだろうか。道なりに降りると、社や別の石造物群・墓・1棟の廃屋が見られる。さらに下方でもう1箇所の屋敷跡を確認したが、これより下は探索せず。
 車道に戻り集落の東に向かうと、何かを祀った跡(写真10)と簡素な小屋が見られた。
 先の資料には「
下楡木部落の東に大正三年に建てられた庚申塔があり、その上段に庚申の石祠があって…」「下楡木部落では、庚申塔の立っているところに四基の馬頭観世音碑が倒伏している」との記述があるが、詳細は分からず。

 


写真1 集落遠景(砂田橋より撮影)

写真2 石造物群。小祠のほか、馬頭観音や石仏がある

写真3 「帰去来松」の碑(左)と松の木(右後方)

写真4 社

写真5 石造物群

写真6 墓

写真7 屋敷跡の石垣

写真8 石造物群。左は石仏、右は馬頭観世音。中央は「警鐘樓應召之…」「戸隱村警防團」とある

写真9 屋敷跡?

写真10 何かを祀った跡

写真11 小屋

 

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