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◆李平(すももだいら)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「大町」(昭和24.11)を使用したものである

所在:小川村瀬戸川(せとがわ)
地形図:高府/大町
異表記:桐山李平(旧版地形図)
形態:山中に家屋が集まる
離村の背景:多くが集落移転事業
標高:約900m
訪問:2008年5月

 

 村の北西部。旧鬼無里村を流れる天神(てんじん)川の流域で、鬼無里日影の一之坂(いちのさか)集落の上流にある。天神川の流域の一部を小川村が取り込んでいるような形をしており、地図で見ると村内の他の地域から孤立している。買い物・通学等、鬼無里村に依存していた部分は大きかっただろう。
 現地では林道沿いに1軒の空家が見られ(写真1)、林道脇の斜面を降りたところに5軒の空家・2軒の廃屋が見られた(写真)。全て清水姓か。離村時期が比較的最近のためか、家屋の状態は良い。時々人が訪れている形跡もある。
 信越放送の番組「SBCスペシャル 平吉さんの李平」の舞台となった集落。日本民間放送連盟のウェブサイトによると、「かつては13戸の農家が暮らしていたが、昭和40年代に国が過疎地の集落を平地へ移転させる集落整備事業に乗り出し、李平の住民たちも山を下りていった。しかし、故郷を捨てきれずに移住後も春から夏の間、李平に戻って農業を続けている老夫婦がいる(略)」(平成14年当時)とある。
 異表記の「桐山李平」とは、村内東部の法地(ほうじ)地区(大字瀬戸川)の李平と区別するためのものだろう。こちらの古い地図での表記は「法地李平」。余談だが、この2つの集落には林道李平線が走り双方とも連絡している。同じ林道なのか、別々の林道が偶然つながっているのかは不明。
 なお明治時代のごく短期間当地にも学校が置かれていたよう。明治12年3月に瀬川学校の李平支校が設置され、同19年以前(村誌)もしくは22年以前(『桐山の民俗』)には廃止されている。

 


写真1 人家


写真2 かかし


写真3 人家


写真4 廃屋


写真5 廃屋

写真6 廃屋・玄関

 

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