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◆猫瀬(ねこせ)



※ この地図は、内務省地理調査所発行の1/50,000地形図「福井」(昭和22.2)を使用したものである

所在:福井市猫瀬町(―ちょう)
地形図:越前蒲生/福井
アクセント:コセ
形態:緩い谷沿いの斜面に家屋が集まる
標高:約170m
訪問:2012年11月

 

 九頭竜(くずりゅう)川の支流、七瀬(ななせ)川の左岸支流沿いにある。
 現地で会った方の話では、無住になったのは3年前。元は10軒以上あったという。現在でも最後の住民の関係者が畑を作りに通っている。
 現在は先述の家のほか、付近の山林で狩猟や山菜採りを行っている人の拠点となっている建物がある。ほか道路沿いには墓地が数箇所。北部には白山神社跡があり、境内には当地の沿革と集落の地図が記された碑がある。以下はその全文。

 古代地名の起源は、傴僂の王子が隠棲し、猫背の王子と呼ばれたのが由来と語り継がれ他の集落とは一線を画した生活様式であった
その後末裔達は艱難辛苦の末三大用水の確保を図り、豊穣な農地と薪炭の生産により、安定した生活を営んでいた
 而るに 化石燃料の普及は生活体系を脅かし 時流に抗しきれず移住の止むなきに至った
 老朽化した神殿の護持も意の如くならず、解体に際し 島山梨町吉岡神宮の御厚意に依り一隅を拝借し、祠を造営し御神体を遷座す いずこに住すとも故郷に想を馳せ、先人のひたむきな労苦を偲び、幾星霜隔つと雖も、かつての繁栄を後世に伝えられん事を希う

 別るとも 語り継ぐらむ故郷の 先達遺せる 心意気

また地図によると、昭和30年代に花森2・福岡2・上田・高畑・林・吹上各1の計8戸。

 なお猫瀬町は近世の坂井郡猫瀬村。明治22年本郷村(のち川西村→川西町)の大字となり、昭和42年福井市猫瀬町となる。古くは繭・漆・薪等を産した。大正9年14戸81人、昭和10年7戸41人、同30年8戸37人(同年の農家戸数8)。

 


写真1 地名表示

写真2 家屋

写真3 廃屋

写真4 墓

写真5 墓

写真6 墓

写真7 神社跡の碑

 

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