戻る 前へ 次へ 市町村選択ページへ 都道府県選択ページへ トップページへ

 

◆熊ノ平(くまのたいら)



※ この地図は、国土地理院発行の1/50,000地形図「輕井澤」(昭和35.7)を使用したものである

在:安中市松井田町坂本(まついだまちさかもと)
地形図:北軽井沢/軽井沢
形態:山中に家屋が集まる
標高:約680m
訪問:2013年11

 

 大字坂本の南部、碓氷(うすい)川上流部(中尾川)の左岸山中にある。旧国鉄信越本線の難所・碓氷線(横川(よこかわ)‐軽井沢間)にあり、熊ノ平駅(のち信号所に降格)が置かれていた場所。鉄道関係者が生活していた。
 現在は国道からの階段や駐車場、構内の歩道が整備され容易に見学が可能。
 以下は現地の解説等から現地についてまとめたもの。

・駅
明治26年の碓氷線開通時、上り列車と下り列車のすれ違いと、蒸気機関車への給水・給炭のための施設として設置。碓氷線は国内最大の急勾配であったため、アプト式という特殊な運転方法がとられていた。
明治38年駅に昇格。昭和41年碓氷新線の複線化によりアプトが廃止、信号場に降格。平成9年長野新幹線の開通に伴い碓氷線が廃線となり、信号所も廃止された
駅構内には複数のトンネルがあるが、本線のトンネルのほかにアプト時代の列車のすれ違いのために設けられたものがある

・碓日嶺銕道碑
明治26年軽井沢駅前に立てられた。関東大震災で倒れ、割れたまま草むらに放置されていたが、昭和29年現在地に再建。軽井沢駅には昭和15年に作られたレプリカがある

・大正時代の事故
大正7年3月7日、20号トンネル付近で、軽井沢方面に向かっていた貨物列車が異常をきたし停車。再び走行しようとしたところ逆走し、駅構内の側線に突っ込み列車は大破。4名が死亡

・昭和時代の山崩れと殉難碑
昭和25年6月8日夜、10号トンネル上部で山崩れが発生。人的被害はなかったが、線路が埋まり多くの保線区員が復旧に当たった。翌日朝、同じ場所から再び土砂が崩落。作業中の国鉄職員と官舎にいた家族が巻き込まれ、50名が死亡。翌年、全国の国鉄職員の浄財で碑と「母子像」が建てられた。碑は当初線路の反対側にあったが、昭和43年12月に現在地に移転。同44年11月には霊堂が建立されている。

 以下は「碓日嶺銕道碑」(※1)の全文。■は判読できなかったもの。□は当方の不注意により見落としてしまったもの。


碓日嶺鐵道碑 陸軍大將從二位勲一等伯爵山縣有朋篆額
碓日嶺聳峙乎信濃上野之界奧羽山脈蜿蜒延乎西南為全邦脊梁至信濃層(※2)疉回合極其高峻碓日在其東境故阻隘險〓(※3)冠于五畿八道焉〓(※4)治以還汽車■(鐵?)道之利大開其自東京經上野信濃達越後直江津者碓日嶺横絶當衝横川輕■■(井澤?)間阻隔不通數(※5)里鐵道廰(※6)(※7)遣技師(※8)測地勢不能施行而罷至二十二年測之得三■(道?)焉曰入山曰中尾山曰和見嶺入山工費少而地勢峻和見工費鉅而地勢夷中■(尾?)地勢工費倶居二者之中而路程尤近因更精覈審測較其利害得失遂定為中尾横川至輕井澤長七哩中央曰熊平置停車場以二十四年六月起功至〓(※4)年十二月□□□□□□二十六其長合一萬四千六百四十四呎餘哩呎皆英國里法哩當我十□□□□□間餘呎曲一尺餘橋十八架碓日者最鉅有■(三?)橋柱疉甎作之形如斗〓(※9)相距■■■(各六十?)呎橋上至川底高百十呎長〓(※10)一帶翼然曳影乎碧流巉巖之上洵偉觀也二十六年一月二十二日始試通車用阿武止氏機關車阿武止獨逸人嘗開鐵道於獨國波〓(※11)山地勢峻急因創製此距今僅八九年海外諸邦其用未廣〓(※12)工費凡二百萬技師(※8)木間英一郎董役技師(※8)(※13)川三次郎渡邉信四郎分督其工技手井上清介佐藤古三郎林通友等助之我邦設鐵道於峻阪是為嚆矢焉嗚呼碓日嶺奇險天造而為坦■■(途天?)下之阻莫〓(※14)往而不可鑿開也頃者輕井澤人佐藤萬平小川勇二等將勒其偉功以傳不朽介川上陸軍中將詣予請文予善此工事之為全國標準而嘉惠民尤■(大?)也
不敢〓(※15)係之以辭曰思慕吾嬬兮瞻望三歎昔人何在兮遺蹟永傳重險依舊兮攅峯刺天行旅側足兮■(徑?)危崖懸維闢維啓兮如砥如矢往來源兮變遐為邇武尊武兮綏服夷鄙物■(也?)利兮百世〓(※16)
明治廿六年四月 從四位勲四等分學博士重野安繹撰
  從五位長〓(※17)書  廣羣鶴刻

※1 題名のみ「銕」で、本文中はすべて「鐵」の表記
※2 旧字。内側が「曾」
※3 こざとへんに戸だれ(旧字体)+乙。「扼」の異体字
※4 「明」の異体字。左側は「四」の内側に「П」をつなげたもの
※5 旁は「敍」の右側の形
※6 がんだれ
※7 本字。内側が「婁」
※8 1画目なし(左側が「官」の下部)
※9 木へんに共
※10 「虹」の虫の上に「ノ」が入る
※11 「闘」の異体字(正字)。鬥の中に、偏=「亞」の上部が「黽」の上部のような形になったもの、旁=「斤」
※12 「充」「育」などの上部のみ。字義は不明
※13 上部は「土」
※14 「所」の異体字。上に「一」、左下に
「収」の左側、隙間に点。右下に「竹」の片方
※15 偏が「受」、旁が「辛」(ただし1画多い)。「辞」の異体字
※16 女へんに「篦」の下部
※17 くさかんむりの下に一+火。長三洲(ちょう・さんしゅう)氏の別名、長〓(ちょう・こう) か(〓は「廿の下に火」)

 


写真1 熊ノ平バス停

写真2 駅構内

写真3 駅の名残

写真4 変電所

写真5 碑

写真6 熊ノ平神社

写真7 母子像(左)など

写真8 往時の駅

写真9 災害の様子

 

戻る 前へ 次へ 市町村選択ページへ 都道府県選択ページへ トップページへ