◆議場(ぎば)

※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「吾妻山」(昭和22.6)を使用したものである
所在:猪苗代町若宮(わかみや)
地形図:吾妻山/吾妻山
形態:谷沿いに家屋が集まる
離村の背景:産業拠点の移動
標高:約860m
訪問:―
大字若宮の西部、唐松(からまつ)川(長瀬(ながせ)川二次支流)沿いにある。
町史によると、明治の末期に若松市(現在の会津若松市)の石堂氏が吾妻山組合の立木の払い下げを受け、労働者を入れて伐採・製材を始めたとのこと。しかし費用が嵩み、数年で廃止されている。のち木炭業者が焼き子を入れて製炭を行った。初め居住地は散在していたが、林の木を追って居を替えるうちに、議場付近に落ち着いた。この時焼き子として入った五十嵐氏・本多氏・大堀氏らが集落の祖と考えられている。
昭和23年、営林署の斫伐事業が始まってからはその従業員が入り、製炭をしていた人たちも事業に携わり集落は大きくなった。なお事業所が設けられてからは、議場から秋元湖の北岸を通り秋元に通じる車道が開かれ、交通の便が良くなった(大平峠を経由し金堀に通じる林道は、この時(※)工事中で、唐松沢の上まで通じている)。
昭和35年、小野川事業所再開とともに逐次移転し、昭和42年に事業所は閉鎖。現在(※)は夏期に植林・下刈りなどに登る家数軒を残すのみとなり、冬季は無人となる。
当地にある山神社は、吾妻山参拝道にあった山神社を村の鎮守としたもの。また石の姥神を祀った小祠があり、この下は昔吾妻山大権現の遥拝所・参拝者の籠堂のあった所といわれている。
※ 刊行は昭和57年(歴史編)
以下は当地にあった学校の沿革。
(小学校)
昭和24.10.1 |
吾妻小学校議場分校開校 |
昭和25.4.1 |
吾妻第一小学校議場分校となる(吾妻小学校が改称) |
昭和36.4.1 |
市沢小学校議場分校となる |
? |
季節分校となる |
昭和38.4.1 |
常設分校となる |
昭和45.11.17 |
休校 |
昭和46.3.31 |
閉校 |
(中学校)
昭和24.10.1 |
吾妻中学校議場分校開校 |
昭和25 |
吾妻第一中学校議場分校となる(吾妻中学校が改称) |
昭和36.4.1 |
市沢中学校議場分校となる |
昭和41.11 |
季節分校となる |
昭和45.4.1 |
休校 |
? |
閉校 |
金堀集落からの林道および県道70号(磐梯吾妻レークライン)が通行止めであったため、未訪問。
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