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◆球浦(たまうら)開拓

在:奥尻町球浦
地形図:奥尻/奥尻島北部 神威脇/奥尻島北部
形態:丘陵地に家屋が散らばる
標高:約200?〜350m
訪問:2014年5月

 

 字球浦の中部、球浦川・仏沢一号川・塩釜川等の上流部に当たる丘陵地にある
 「角川」には「球島川上流は開拓地として当初68戸の入植者を見たが、不成功に終わり、現在(※1)では8戸のみ」とある。
 町史によると、当地にあった
球浦小学校は昭和33年1月1日開校(同32年12月1日設置)、同47年閉校(※2)。児童数昭和37年22人、同38年24人、同39年25人、同40年21人。戦後の開拓による集落であるようだが、その変遷は町史には新・旧ともに記されていない。

 現地では奥尻主要部から学校跡までの道沿いを中心に、管理家屋や屋敷跡がいくらか見られた。ほか道道沿いには倉庫や何かの設備も見られる。なお学校跡付近は町の廃棄物処分場になっており、痕跡はない。

※1 昭和60年頃か(刊行は昭和62年)
※2 本文では4月1日としているが、この日付は奥尻小学校との統合の時期(閉校は年度末)と考えるのが妥当か

 


写真1 地名表記。右の電波塔は地形図にも記載

写真2 集落風景

写真3 屋敷跡

写真4 屋敷跡

写真5 馬頭観音

写真6 屋敷跡?

写真7 処分場(学校跡付近)

写真8 牧草地

写真9 サイロ跡

写真10 農地跡

 

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