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◆木地屋(きじや)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「坂根」(昭和27.1)を使用したものである

所在:若桜町中原(なかはら)
地形図:岩屋堂/坂根
形態:谷沿いに家屋が集まる
標高:約410m
訪問:2026年6月

 

 大字中原の中部、加地川(八東(はっとう)川支流)沿いにある。
 資料『因幡若桜の民俗』によると、木地屋敷には明治半ばまで4軒の家があったが、加地に2軒、若桜に2軒出たとのこと。また一時的に外部から木地師が1人来ていたことがあり、ナガイシという名字であった。木地屋敷より奥に住み、10年間くらい居住しその間2度ほど移動した。
 伝承では、下流に箸(あるいは椀)が流されてきたことにより当地に居住者があることが分かったという。また当地の小椋氏は零落した公家の出自で、その血統を誇りにしている。

 町誌では中原村に関する記述に寛政7年の「因幡誌」の引用があり、「…戸数二十五・六軒ノ内木地引五家アリ」とある。この「木地引五家」は当地のことと思われる。
 また大字中原の小字として、「木地屋奥」「木地屋ノ下モ」「木地屋ノ上」が見られる。
 「角川」の小字一覧では「木地屋(キジヤ)ノ下(シ)モ」「木地屋ノ上(カミ)」があり、見出しの読みはこれらに倣った。

 現地では、まず川沿いに小屋の残骸が残る平坦地が見られ、続いて古い石仏・墓石群、そして林道大宝線分岐付近に低い石垣が築かれたまとまった平地が見られた。宅地はこの旧版地形図に建物が記されているのはこのまとまった平坦部だが、小屋跡の付近もかつては宅地であったのかもしれない。

 


写真1 小屋のある平坦地

写真2 石仏および墓石群

写真3 平坦地

写真4 石垣と平坦地

写真5 平坦地

写真6 支流の道と石垣

 

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