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◆柳ヶ瀬(やながせ?)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「加子母」(昭和33.5)を使用したものである

所在:王滝村(大字なし)
地形図:滝越/加子母
形態:川沿いの一軒家?
離村の背景:災害
標高:約1.000m?
訪問:2025年11月

 

 村の中部、王滝川とその支流の濁(にごり)川との合流部付近にある。

 資料『長野県西部地震の記録』によると、昭和59年9月14日に発生した長野県西部地震により被災。濁川を流下した大量の土石が王滝川を堰き止め、柳ヶ瀬付近では30mもの土石が堆積したとのこと。上流には堰止湖が形成され、現在も「自然湖」として残っている。
 また
下流の狭窄部でも大量の土石が堆積し、柳ヶ瀬から氷ヶ瀬(こおりがせ)にかけての一帯では6名の犠牲者を出した。また自衛隊による行方不明者の捜索は10月13日まで続けられたが、氷ヶ瀬・柳ヶ瀬の行方不明者はついに発見されることがなかった。
 
昭和60年9月14日、柳ヶ瀬に建立された「鎮め観音像」、また下流の松越地区に建立された慰霊碑において、除幕式と慰霊法要が行われた。なお鎮め観音は濁川温泉・柳ヶ瀬の行方不明者14名のため、慰霊碑は犠牲者29名のために建立されている。

 また資料『長野県西部地震』に掲載の「信濃毎日新聞」(9月15・16日)では、柳ヶ瀬の行方不明者として三浦氏1名が掲載されているが、当地の住民であったか(鎮め観音の台座にも記載)。

 村誌には、滝越(たきごし)地区の解説の中に当地について「享保検地帳には農家一軒とあり、滝越川向よりの移住のようである」と言及されている。

 現地付近では、車道沿いに「鎮め観音」、ここから下る枝道の先に「柳ヶ瀬緑地園」の碑が見られた。後者は震災復興を記念したもので、「平成16年9月12日建立」とある。
 なお
過去の航空写真と照合すると、かつての家屋は現在の濁川の流路付近に当たることが分かる。先述のとおり土石に埋没しているため、一面は荒地が広がっているのみで痕跡は皆無。

 


写真1 鎮め観音

写真2 「柳ヶ瀬緑地園」の碑


写真3 屋敷跡付近?

 

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