戻る 前へ 次へ 市町村選択ページへ 都道府県選択ページへ トップページへ

 

◆五貫目(ごかんめ)



※ この地図は、地理調査所発行の1/50,000地形図「伊那」(昭和35.6)を使用したものである

所在:塩尻市奈良井(ならい)
地形図:宮ノ越/伊那
形態:川沿いの斜面家屋が少数集まる?
標高:約1,170〜1,210m?
訪問:2013年11
月

 

 大字奈良井の南部、奈良井川上流左岸にある。
 学校跡と思われる場所は小さな平坦地になっており、隅には倒潰した建物が見られた。この背後にも緩やかな土地が広がっているが、建物の遺構等は見られず。作業道(車道)沿いには石塔が見られた。
 なお
HEYANEKO氏の報告によると、学校は楢川小学校・中学校の川入分校とのこと。

 村誌によると、大正9年2世帯、昭和30年3世帯(国勢調査)。また別の記述では、大正9年2戸12人(「大正9年度事務報告書」)。広義では番所の一部であるよう。
 2戸は
明治期に来住したといわれ、1戸は屋号を「ゴカンメ」と称し、もう1戸は「イシマツ」と称した。昭和30年のもう1戸は川入分校の教員で、新しく来住。
 
昭和30年当時の集落図には、畑中・矢崎・畔出の各氏と川入分校が記されている。うち矢崎氏は分校のそばにあり、教員であったか。
 以下は
楢川小学校川入分校の主な沿革。

 天保11  (私塾の鍋掛学黌開設)
   川入学校開設
   奈良井尋常小学校川入支校となる
   川入簡易小学校となる
   奈良井尋常高等小学校川入分教場となる
 昭和12.4  楢川尋常高等小学校川入分教場となる
 昭和16  楢川国民学校川入分教場となる
 昭和22  楢川小学校川入分校となる

 昭和45

 閉校

 また楢川中学校川入分校は、昭和23年10月楢川中学校川入分室として開設。昭和24年1月楢川中学校川入分校となる。
 見出しの
読みは同書のルビより。

 


写真1 学校付近の平地


写真2 写真1にて。建物跡

写真3 平坦地

写真4 平坦地

写真5 石塔群

 

戻る 前へ 次へ 市町村選択ページへ 都道府県選択ページへ トップページへ